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脳発達障害

3.脳発達障害での運動障害

脳から出る運動の指令を伝えるのが運動神経です。大脳皮質の左右の前頭葉に存在する一次運動野(「脳発達障害での知能の障害」を参照)から発した運動の命令は、基底核内の内包、脳幹(のうかん)を通って脊髄の運動ニューロンに伝えられます。この大脳皮質から脊髄までの道筋を「錐体路(すいたいろ)」と呼びます。「錐体路」は、大部分、脳幹で左右交叉するため、右の大脳皮質から発した指令は左半身に、また、左の大脳皮質に発した指令は右半身に伝えられます。大脳のどちらかに異常が起こると、その反対側の半身に障害(運動麻痺)が生じます。脊髄に達した運動に関する指令はシナプスをかえ、脊髄から末梢神経に伝えられ筋肉に到着します。筋肉は命令に従って収縮・弛緩し運動が生じます。運動神経とその障害の概要に関しましては、小柳清光研究員による「身近な医学研究情報:手足が麻痺したとき」をご参照下さい。

脳発達障害の運動障害は運動神経が、筋肉、神経、脊髄、錐体路、大脳皮質のどこのレベルで障害されても生じますが、中でも発生頻度が高いのが、大脳皮質や一部の錐体路の障害により起こる脳性麻痺です。以下に、日本での発生頻度が高い筋肉の病気である筋ジストロフィー、成人の筋萎縮性側索硬化症ALS(前述「身近な医学研究情報:手足が麻痺したとき」を参照)に相当する脊髄性筋萎縮症、脳性麻痺、重度の知能・運動の障害を呈する重症心身障害を説明します。

A.進行性筋ジストロフィー

骨格筋の変性・壊死(図19)により進行性の筋力低下を呈する遺伝性疾患で、日本での発生頻度が高い病気として以下の2つがあげられます。

デユシャンヌ(Duchenne)型筋ジストロフィー
X染色体上のジストロフィン遺伝子の欠失により、筋線維を包む膜でのジストロフィン蛋白が表出せず、筋ジストロフィーを生じます。現在、遺伝子診断が行われています。発生頻度は人口10万人あたり2~4人で、伴性劣性遺伝なので男児に症状が発現し、女性は保因者となり、患者さんと同様にふくらはぎの仮性肥大(脂肪の沈着でふとく見える)や血清クレアチニン・キナーゼ値の上昇がみられます。幼児期、転びやすい・走れない・階段を昇れないなどで発病し、10歳前後で歩行不能となります。大腿部など下肢の付け根からおかされるため、しゃがんだ姿勢から立ち上がる時、おしりを高く上げ体を起こすガワース徴候や腰を左右に揺すって歩く動揺性歩行がみられます。膝・股関節の拘縮(こうしゅく)や背骨の変形も進行します。20歳以降、人工呼吸器を使用しない場合は、心不全・呼吸不全で死亡します。一部の患者さんで筋細胞の移植や遺伝子治療が試みられていますが、根本的治療法は確立されていません。

図19. デユシャンヌ(Duchenne)型 筋ジストロフィーの筋生検像

図19. デユシャンヌ(Duchenne)型 筋ジストロフィーの筋生検像

筋線維は萎縮し断面が円形 周囲には脂肪組織が増加

福山型先天性筋ジストロフィー(FCMD)
9番染色体上のフクチン遺伝子の異常により、筋肉に加えて脳・眼球に奇形のみられる先天性筋ジストロフィーです。日本での発生頻度は10万人あたり4~6人で、デユシャンヌ型筋ジストロフィーにとともに多くみられますが、欧米ではほとんどみられません。新生児期~乳児期早期より、近位(きんい)(体により近い上腕や大腿)優位に、筋力・筋緊張低下がみられます。知能と運動の発達は遅れ、坐位までは獲得できますが、歩けるようになる例は少なく、中等度~高度の知的障害やてんかん発作を合併します。全身の関節拘縮が進み寝たきり状態におちいります。残念ながら、心筋障害や呼吸障害のため、20歳前後に死亡する例が多いようです。大脳・小脳に多小脳回(「1.(3)- D. 脳神経系の初期発生、先天奇形」を参照)を始めとする奇形病変を認めます(図20)。

図20. 福山型先天性筋ジストロフィー大脳での多小脳回

図20. 福山型先天性筋ジストロフィー大脳での多小脳回

脳溝・脳回が小刻み

B.脊髄性筋萎縮症

発達期に脊髄の運動ニューロンが変性・脱落し、体や四肢の近位優位に筋力の低下と筋萎縮がみられる遺伝性疾患で、5番染色体上のSMN・NAIP遺伝子の関与が知られています。発病時期と症状の重さにより3型に分けられます。最も重症な1型は、ウェルドニッヒ・ホフマン病と呼ばれ、出生直後から全身の筋緊張が低下し、授乳障害や呼吸障害も認められます。坐位を獲得することはなく、1歳前後で人工呼吸器装着が必要となります。ALSと同様に、知能や眼球運動は障害されません。日本では現在、ALSと同様に、人工呼吸器を着けてご自宅や医療施設で闘病を続けている患者さんが多く存在します。眼球の運動を用いた意志表出方法(コンピューター連動)を使って、ゲ-ムや学習に従事されている患者さんもいます。

C.脳性麻痺

脳性麻痺は本来病名ではなく、脳発達障害児の運動障害に対する総称です。英国(1959)は、脳性麻痺を「人生の初期に大脳の非進行性病変によって生じる、永続的な、しかし変化しうる運動・肢位の異常」と定義しています。日本の旧厚生省脳性麻痺研究班(1968)も、「脳性麻痺は、受胎から生後4週以内までに生じた脳の非進行性病変に基づく、永続的なしかし変化しうる運動・姿勢の異常と定義され、進行性疾患や将来正常化するであろうと思われる運動発達遅延は除外する」としています。つまり、脳性麻痺とは、脳神経系の病気によって生じた運動と姿勢の障害で、発達早期の脳障害により引き起こされ、進行性・一過性ではない状態です。

脳性麻痺の分類
生理学的には、痙直型(けいちょくがた)、アテトーゼ型、強剛型(きょうごうがた)、緊張低下・失調型、混合型・痙直強剛型に分けられますが、痙直型とアテトーゼ型の頻度が高いので、以下にその概要を示します。
痙直型脳性麻痺 アテト-ゼ型脳性麻痺
自発運動 緩慢、動こうとしない
動くことを好まない
たえず動いている
手足の動きがバラバラ
姿勢異常 全体に硬い 絶えず変動する
筋の緊張 亢進している 変動し睡眠中はリラックス
変形・拘縮 起こりやすい 通常は起こらない
性質 内向的で受け身 外向的なことが多い
知能の障害 障害の程度は様々 高度には障害されない
また、障害部位別には、単麻痺(上・下肢の一肢のみ障害)、対麻痺(ついまひ)(左右の下肢が障害)、片麻痺(同側の上・下肢が障害)、四肢麻痺、両麻痺(四肢麻痺だが上肢の障害が比較的軽い)、両片麻痺(四肢麻痺だが下肢の障害が比較的軽い)に分けられます。四肢麻痺、両麻痺、片麻痺の頻度が比較的高いと考えられます。
脳性麻痺患者さんの初期発達
生後4週以内の新生児期には、全身の筋緊張が低下し、自発運動は少なく、哺乳力も弱いです。乳児期以降、頸定が遅れる、視線が合わない、手を握っていることが多い、びっくり反射が強くでる、原始反射(後述)がみられる、体全体が反り返る、下肢を交叉させる、等の異常がみられるようになります。
脳性麻痺患者さんにみられる原始反射
正常では新生児期にはみられ、生後4カ月頃大脳の成熟に伴い消失する反射です。脳性麻痺患者さんでは持続して認められることが多く、運動・姿勢の異常の誘因となります。
非対称性緊張性頚反射(aTNR)あおむけで顔が向く方の上・下肢が伸び反対側が屈曲する。
対称性緊張性頚反射(sTNR)あおむけで頭部を胸へ前屈させると上肢は屈曲し下肢は伸びる、うつぶせで頭部を背中へ後屈させると上肢は伸び下肢は屈曲する。
緊張性迷路反射あおむけでは伸筋の緊張が高まり、うつぶせでは屈筋の緊張が高まる。
等があります。
ボイタ法(Voita)とボバース法(Bobath)
ともに脳性麻痺に対する代表的な訓練・リハビリテーション方法です。
ボイタ法は、7つの姿勢反射(引き起こし、パイパー逆さ吊り上げ、ランドー反応、コリスの水平吊り下げ・片脚吊り下げ、ボイタ反射、腋下支持垂直挙上)をスクリーニング方法とし、早期乳児期に脳性麻痺症状の出現する以前に中枢性神経障害(ZKS)を示す患者さんを発見し、原始反射を応用した腹這い・寝返り運動を誘発し脳性麻痺の発症を阻止します。しかし、ZKSの脳性麻痺への移行についての根拠が明らかではない、時に治療が必要な児を見落とす、などの問題点も指摘されています。
一方、ボバ-ス法は、姿勢反射を含めた正常乳児の発達の知識から、脳性麻痺の症状が形成されてくる異常発達を神経生理学的に定義し、それを積極的に予防していこうとするアプローチです。実証的治療結果(療法士である妻の経験を医師である夫が理論化)に基づく、異常反射抑制肢位(RIP)やKey point of controlを用いた訓練により、協調運動や日常生活動作に結びつく基礎的運動能力の改善をめざします。

D.重症心身障害

重症心身障害児(者)は行政上の用語であり、旧厚生省は「精神遅滞の面では重度精神薄弱児収容制度の規定から知能指数(IQ)35以下、また身体障害の面では身体障害者福祉法から肢体不自由等級表による1級・2級のものに限定して、これらを合わせ持った者を重症心身障害児とする」と定義しています。実際には、重症心身障害児(者)施設に入所する適応の有無から、都立府中療育センターの入所基準であった「大島の分類」が定義として用いられています(図21)。重症心身障害児(者)の有病率は人口1,000人当たり0.5~1人と推定されます。

一方、「現在、重症心身障害施設に入所しているが、本来的には重症心身障害児(者)ではない重度精神薄弱児・行動障害児」と、「以前は重症心身障害児(者)であったが、入所中に障害が改善され移動能力が拡大した、あるいは歩行が可能になった例」の両者を、「動く重症心身障害児(者)」と呼びます。本来、重症心身障害児(者)に含まれるものではなく、今後の社会的対応が論議されています。

図21. 大島の分類回

図21. 大島の分類
大島の分類
前述のごとく、本来は府中療育センターの入所対象基準でしたが、実用的だったため、重症心身障害児(者)の障害度指標として汎用されるようになっております(図21)。図の区分1~4が定義通りの重症心身障害児(者)に相当します。さらには5~9で、「絶えず医療管理下におくべき状態、障害の状態が進行性、合併症を認める」の3条件のいずれかを満たせば重症心身障害児(者)とみなされます。
超重度重症心身障害児(者)
加齢や退行に伴い障害が重症化した入所者や、周産期医療や救急医療で救命され、慢性的障害を有するため施設に移行してきた重症心身障害児(者)は、いずれも高度の医療処置と多様な療育援助を必要とするため、受け入れ可能な施設は限られます。暫定基準が専門医により作成されています。
重症心身障害児(者)の病態
神経系関連のものとして、知能の障害(知的障害、行動異常)と運動障害(筋緊張異常、筋萎縮、関節拘縮)があげられます。合併する病態としては、てんかん発作、栄養障害・貧血、体温異常・脱水、感染症、呼吸障害、嚥下障害・嘔吐、排尿・排便障害、褥創(じょくそう、床ずれのことです)、骨折、突然の死がみられます。
重症心身障害での呼吸障害の病態と対策
重症心身障害での呼吸障害には、
脳神経系での呼吸中枢の異常中枢性無呼吸(ちゅうすうせい・むこきゅう)
上気道が狭い筋緊張の異常、舌根沈下(ぜっこん)、扁桃・アデノイド腫脹
誤嚥(ごえん)嚥下障害、咳反射の低下、誤嚥性肺炎
胸郭(きょうかく)の問題側彎(そくわん)による変形、呼吸筋(肋間筋、横隔膜)の運動障害
など多様な問題が関係します。
現在、呼吸障害に対して、
  • 呼吸訓練・体位の工夫(うつぶせ、抱っこ坐位)
  • 排痰(はいたん)訓練・咳誘発・タッピング
  • 気管支拡張剤・去痰剤の吸入
  • 側弯の予防・肋弓バンドによる肋骨突出の予防
  • 扁桃・アデノイドの切除
  • 経鼻・経口エアウェイの挿入
  • 気管内挿管・気管切開
  • 気管喉頭分離手術(図22)
    (空気の通り道である気管を二つに分離し、上の方の断端を食道につなぎ、下の方の断端を頸部の皮膚に気管切開孔として開く手術、唾液の気管内への流入がなくなり、誤嚥性肺炎が防がれるとともに、気管切開状態でも口から食事をとれるようになる)
などの対策がなされています。

図22. 気管喉頭分離手術の模式図

図22. 気管喉頭分離手術の模式図
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