研究の背景

現在我が国では百数十万人の脳卒中患者、10万人のパーキンソン病患者、1万人の脊髄小脳変性症患者等の治療・リハビリが、病態の客観的指標(いわゆる「エビデンス」)に乏しく経験と勘に依存する状態に委ねられている。これは糖尿病の治療に例えるなら、血糖値さえ測れない遅れた段階に相当する。その結果、患者も治療を行う医療スタッフも、治療の方向性を見いだせず試行錯誤を強いられている。当然効率は悪く、潜在的な介護負担や医療費の増加にともなう社会・経済的損失は極めて大きいと推定される。このような状況に留まる根本的原因は、3つの主要運動中枢、大脳・基底核・小脳の機能原理と、それらが連携して働く仕組み(大脳—小脳連関と大脳—基底核連関)がほとんど未解明である点にある。その結果、病態の理解は進まず、糖尿病における血糖値のような病態を記述する客観的指標もない。

現状を打開するには、糖尿病の本態が糖の代謝異常であり、病態評価の指標としての血糖値が容易に計測できるように、運動失調の仕組みを理解し、客観的指標を簡便に取得できるシステム確立までの包括的研究が必須である。さらに、多数の症例の長期の記録をデータベース化することにより、患者の運動機能の瞬間的な評価に留まらず、機能回復の予測や最適なリハビリメニューの提案まで可能にすれば、神経疾患の治療とリハビリに全く新しい状況がもたらされると期待される。我々はこのシステムを「神経疾患治療ナビゲーター」という新しい概念として提案する。

研究目的

本研究の目的は次の3項目で構成される

  1. 運動野, 小脳, 基底核が働く基本原理の解明
  2. 運動指令の定量的分析を応用した神経疾患治療ナビゲーターの開発
  3. 1と2の成果を統一的に説明する運動野、基底核、小脳の機能分担理論の提案
  4. 1.

    各脳部位で、神経細胞活動の複雑な「運動器依存性」を、機能的意義を特定するための「指紋」として利用し、神経細胞が感覚運動変換のどの段階で何の処理に関わるかを同定する。運動器依存性の解析には筋骨格系の状態を多数のセンサーで計測する必要があるが、生体では不可能である。そこでバーチャル筋骨格系の技術をサルの手関節用に精密化し、神経細胞活動と筋骨格系の膨大なパラメータとの関係を分析する世界初のシステムを作る。

    2.

    ナビゲーターは第一期プロジェクトで開発した定量的運動指令解析システム(国際特許出願済み)を原型とする。多数の症例で病態を継続的に記述・評価するデータを蓄積し、病態予測が可能なナビゲーション・システムに発展させる。例えば脳卒中ではリハビリによる機能回復を制御器の変化として評価し、より有効なリハビリをガイドするナビゲーターを目指す。パーキンソン病ではコントロールの良好な状態(On)から不良な状態(Off)への遷移時に運動制御器の状態を比較し、投薬や脳深部刺激でOffの時間を最小にする方策を見いだす。

    3.

    1 の動物実験と2 の臨床データを感覚運動変換と運動制御器という2つの観点から統一的に説明する運動野、小脳、基底核の機能分担の理論を提案する。

     

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