研究項目

本プロジェクトは以下の3つの研究項目から構成される

  1. 運動野, 小脳, 基底核の基本原理の解明
  2. 神経疾患治療ナビゲーターの開発
  3. 運動野、小脳、基底核の連携原理の理論

I. 運動野, 小脳, 基底核と大脳−小脳連関および大脳−基底核連関(下図)の基本原理の解明

☆ 座標系と姿勢依存性の同定

手関節運動を行うサルの3つの中枢(下図)で神経細胞活動を記録し、目標に到達する運動指令の生成、いわゆる「感覚運動変換」において、どの段階で何の処理に関わるかを同定する。

Fig. 1
Fig. 1

第1期プロジェクトでは、小脳の神経細胞活動が、座標系の観点から空間,筋肉,中間の3座標系のどれに分類されるかを分析した。その結果、小脳のプルキンエ細胞が運動野細胞に比べてはるかに時間的・空間的に複雑に分節化し、複雑な姿勢依存性を示すことが明らかになった(下図)。このことは小脳が感覚運動変換において最も複雑な計算=姿勢変化による運動指令の時空間パターンの調整に関わることを示唆する。前腕の姿勢を変化させたとき、多数の筋肉や腱の長さ・張力等の状態変数は複雑な非線形的変化を示すと推定される。しかし多数のセンサーを体内に埋め込み、これらを直接観測することは不可能である。現行の神経生理学的方法論では、神経細胞活動と多数の筋骨格系状態変数間の複雑な関係は解析できない。

Fig. 2
Fig.2

そこで本プロジェクトでは、閔庚甫博士の参加を得て、サルの前腕筋骨格系精密シミュレーターを開発する。このシミュレーターにより神経細胞活動と筋骨格系状態変数間の複雑な関係性を解析し、この関係性を「指紋」として神経細胞の機能同定を行う。複雑な関係性を逆手に取る戦略である。

☆ 2つの運動制御器の同定

ヒトを対象とする研究2 で2つの運動制御器の分離に用いている指標追跡運動はサルにも適用できる。運動野、基底核、小脳の神経細胞の活動が予測的、フィードバック的のどちらの運動指令に関連しているかを同定すれば、2つの仮想的運動制御器が上述の大規模な脳構造の中にどのように実装されているかを決定する画期的な実験が可能になる。

II. 神経疾患治療ナビゲーターの開発

第1期プロジェクトで、東京都立神経病院の鏡原康裕神経内科部長と共同開発した定量的運動指令評価システム(下図)をプロトタイプとして開発を進める。科学技術振興機構のA-STEPによる研究費で平成22年度に同システムを4セット製作し、関連医療機関に配備した。現在はこれらの機関で組織的に臨床データを取得しつつある。取得したデータと経験をもとに神経疾患の治療・リハビリのガイドに役立つナビゲーターの原型を開発する。

Fig. 3
Fig.3

具体的には、上述のプロトタイプを以下に列挙する各疾患の研究細目(☆)の研究に利用し、そこで蓄積されたデータと経験に基づいて診断、治療、リハビリのガイドに役立つ神経疾患治療ナビゲーターの原型を開発する。各研究細目は、ナビゲーター開発に必要なものと、運動制御器の状態を神経回路に関連させて意義付けられるものを優先的に選び、I. III. の動物実験の研究成果との対応付けも強く意識する。

脊髄小脳変性症

☆ 重症度と運動制御器の各種パラメータとの関係

予備的研究で脊髄小脳変性症の重症度と運動指令のフィードバック成分の比率が相関することがわかっており、他のパラメータについても重症度との関係を調べる。さらに、長期に同一患者のパラメータを追跡し、病態の進行様式に関する詳細なデータを得る。東京都立神経病院の鏡原脳神経内科部長のグループとの共同研究として推進する。

☆ 脊髄小脳変性症のタイプによる病態の差異の検索

脊髄小脳変性症(SCA)は原因となる遺伝子異常に対応して、タイプにより障害される小脳構造が明瞭に異なる。例えばSCA3では小脳の出力系が障害され、SCA6では小脳のプルキンエ細胞が脱落し、多系統萎縮症の小脳型では両方が障害される。従って3者の病態は神経回路の観点から根本的に異なる。その違いを運動制御器の状態で比較すれば、精度の高い比較が可能になる。この項目はSCA6研究の権威である東京医科歯科大学の水澤教授と共同で行う。

☆ 自己免疫性小脳疾患の鑑別

最近発見された疾患概念であり、抗自己抗体により小脳のプルキンエ細胞が機能的に障害される(神経回路的な障害部位はSCA6に類似)。早期には病態は可逆的であり細胞の脱落は少ないため、免疫グロブリンや免疫抑制剤等により治療が可能である。しかし小脳萎縮が見られず画像による診断が困難であるため、早期診断法の確立が渇望されている。この項目は東京医大の三苫教授のグループとの共同研究として早期診断への応用を目指す。

パーキンソン病

☆ 発症初期の症例での運動制御器の状態の評価

これまでに解析を行ったパーキンソン病症例は、長期の治療により病態が修飾され、パーキンソン病の基本病態を評価できなかった。そこで発症初期の片側性・未治療の症例において、未修飾の状態で患側—健側の運動制御器の病態を比較する。

☆ 薬物療法、脳深部刺激療法のOnとOffの運動制御器の比較

パーキンソン病の主要な治療法の効果あるいは副作用を、運動制御器の観点から比較・評価する。特にOnからOffへの遷移時に運動制御器の状態を追跡し、投薬や脳深部刺激でOffの時間を最小にする方策を見いだす。この項目はパーキンソン病治療薬の評価に応用できる可能性があり、都立神経病院、東京医大との共同研究として進める。

脳卒中

☆ リハビリの長期モニター

脳卒中のリハビリ効果を長期に追跡し、リハビリのナビゲーターを構築する上での基本的問題点を洗い出す。リハビリ過程を数ヶ月以上(〜年)にわたり追跡記録する。

☆ リハビリをガイドする先行指標の探索

脳卒中患者の複雑な病態を2つの運動制御器の指標として定量化し、麻痺からの回復過程を記述する独自の方法論を確立する。多数の指標のうち、機能回復の先行指標になるものを探索する。先行の確実さと期間を検証し、リハビリのナビゲーターの指標としての有用性を評価する。この評価では障害部位の違いも考慮する。

☆ TMS治療の効果を追跡評価

脳卒中の片麻痺に健側から患側への過剰な抑制が関与するという仮説がある。そこでリハビリに先立ち経頭蓋磁気刺激(TMS)で健側の活動を抑え、患側の脱抑制により麻痺の軽減を導く新しいリハビリ方法が行われ、従来難治であった手の麻痺への顕著な効果が注目されている。そこで、東海大学医学部の正門教授のグループと共同でTMS治療の前後で2つの運動制御器の状態を比較し、TMS治療のメカニズムの解明を目指す。

III. 運動野、小脳、基底核の機能分担の理論の提案

研究I. における3つの中枢(大脳、基底核、小脳)の感覚運動変換における位置づけを縦糸に、2つの運動制御器(予測制御器とフィードバック制御器)への関わりを横糸に、これらの中枢の運動制御における役割を総合的に明らかにする。研究II. では3つの中枢の運動制御器への関わり方が臨床データから抽出される。各中枢のこれら2つの主軸における位置づけの違いから、3つの中枢の機能分担、連関の意味を考察する。

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