未来を話そう!
プロジェクト研究の紹介
神経細胞分化プロジェクト
神経細胞の成長メカニズムに注目して、脳はどのように発達し、その機能を維持するのかを解明。
脳神経系の病気の治療につなげます
神経細胞に成長する前の神経前駆細胞と、それらから生まれる神経細胞。
これらが成熟して、生き延びてゆく過程(分化・生存)はどのような因子によってコントロールされているのかを解明するために、分子メカニズムや環境因子の影響を明らかにしつつ、脳の発達や機能維持の機構についても研究。
それらの障害により生じる難治性の脳神経疾患を克服する治療法、予防法の開発を目指しています。
神経細胞分化プロジェクト
岡戸 晴生 プロジェクトリーダーが解説します。
Haruo OKADO
Project Leader
神経細胞分化プロジェクト
岡戸 晴生 プロジェクトリーダーが解説します。
Haruo OKADO
Project Leader
どんなことに役立つの?
脳の中で神経細胞がどのように分化・生存するかというメカニズムが明らかになると、脳に関する病気がどうして発症するかもわかります。
発症には、遺伝要因だけでなく、環境要因も関係しているのではないかと考えています。現在はマウスによる研究が主ですが、いずれヒトにおける発現メカニズムが解明されれば、治療薬の開発や子育て環境の改善にもつながるはずです。
移動する神経細胞
大脳皮質形成のため、神経細胞が駆け上がる
—— 脳を形成する神経細胞は、どのようにして生まれるのでしょうか。
岡戸大脳の表面には大脳皮質があります。神経細胞(ニューロン)が層のように積み重なったもので、ここが知覚や運動、思考や記憶など脳の高次機能をつかさどっています。
神経細胞の発生前に神経前駆細胞ができますが、脳の奥深いところで発生すると、活発に分裂を繰り返します。いつしか神経前駆細胞の分裂が止まって神経細胞になると、大脳皮質になるように定められたものは、本来の自分のいるべき場所がわかるのか、脳の表面に向かって一斉に移動を始めるのです。
—— 神経細胞の移動とは、具体的にはどのようなものですか。
岡戸先に上がっていった神経細胞を、後から来たものが追い抜いていきます。たとえていうなら、先に生まれ場所を確保していた兄が弟に場所を譲り、弟は兄の上を飛び越えていく感じです。そうやって大脳皮質が形作られることで次第に大脳皮質の厚みが増し、脳の表面を含め6層にもなるのです。これは哺乳類以外では見られない現象で、哺乳類の脳の容積が爬虫類などよりも大きくなったことの仮説的な説明にも使われます。
—— 知覚や運動、思考や記憶といったとても重要な高次機能をつかさどる神経細胞の分化を促す要因には、どんなものがあるのですか。
岡戸ゲノム上の遺伝子情報がRNA(リボ核酸)に読み出されて神経細胞として重要な役割を果たすタンパク質になるかどうかはあらかじめ制御されています。ここで重要な役割を果たすのが、転写促進因子と転写抑制因子というスイッチです。これはある状況ではこの遺伝子を読み出し、別の状況では読み出さないという仕組みになります。
車の運転のアクセルとブレーキの関係のようなもので、神経細胞が脳を作り上げるための分裂停止や移動過程では、「RP58」という転写抑制因子が重要なスイッチの役割を果たしていることをマウスの実験を通して、突き止めました。「RP58」は、神経前駆細胞分裂があるところまで来ると「分裂を止めて、神経細胞や大脳皮質形成のために脳の表面に上りなさい」という指示を出していると考えられます。
脳の病気との関連
大脳皮質の形成にかかわる遺伝的要因と環境要因
—— 脳の病気は、このメカニズムがうまくいかないから起こるのですか。
岡戸その可能性は大いにあります。「RP58」が十分に機能せず、神経細胞の分化や移動がうまくいかずに大脳皮質の層構造が乱れると、神経回路形成に障害が起こることがわかっています。「RP58」の量や使われ方の異常が、ヒトの脳梁欠損などの脳形成異常や悪性脳腫瘍の発生、あるいは統合失調症、自閉症などの精神・神経疾患を引き起こす要因の一つになっていると考えられるのです。
—— これらの障害の発生要因は何なのでしょうか。
岡戸遺伝が主であるとはいうものの、胎児や幼児が成長する過程での環境要因も影響しているのではないかと考えています。
というのも、一卵性双生児の場合、遺伝子は全く同じですが、兄が成長後に統合失調症を発症しても、弟は発症するとは限らないのです。環境要因としては、発達段階における食生活の乱れ、あるいは母親から離れる母子分離の過多や長期化などがあります。
—— 赤ちゃんの時の環境は大きいのですね。
岡戸栄養環境や母子関係がどういう影響が生じるかは先行研究がいくつかありますが、私たちのプロジェクトが注目しているのは、精神疾患や老齢期の加齢性脳障害などへの影響です。つまり、統合失調症やアルツハイマー病といった脳神経の病気が生じるのは、もしかすると、赤ちゃんや子どもの時の環境に遠因があるかもしれないというわけです。
今後の展望
精神・神経疾患や発達障害の新たな治療薬の開発へ
—— マウスでの研究成果を今後どのように発展させていくのですか。
岡戸マウスの研究を通して、生まれたての神経細胞の発達中における、遺伝子スイッチのブレーキ制御の重要性が明らかになりました。神経細胞の発達に問題があるとさまざまな精神・神経疾患および発達障害を引き起こします。
そのことから、「RP58」の働きを今度はヒトで解析することにより、これら疾患の病因解明や新しい治療法の開発につながると期待しています。
「RP58」発見は偶然の産物
世界で初めて大脳皮質形成との関係を発見
「RP58」とは、Repressor Protein (リプレッサープロテイン)58kDaの略称。
日本の免疫系研究者が偶然発見し、脳の研究者がその機能についての研究を引き継ぎました。大脳皮質が形成される時、新しく生まれた神経細胞が脳表面に向かってスムーズに移動するためには、適切なタイミングでRP58が神経分化促進遺伝子の働きをオフにすることが必要です。私たちのプロジェクトでは、このことを世界で初めて解明しました。実験にはRP58遺伝子が欠失したマウスを用いましたが、ヒトにもRP58はあります。
ヒトにおける解析は、脳の疾患の原因解明に役立つだけでなく、将来的に脳の再生医療が行われる際、神経細胞を正しく配置する手法の開発につながると期待されています。