糖尿病性神経障害プロジェクト

三五 一憲 プロジェクトリーダーが解説します。

Kazunori SANGO

Project Leader

sango

糖尿病性神経障害プロジェクト

三五 一憲 プロジェクトリーダーが解説します。

Kazunori SANGO

Project Leader

どんなことに役立つの?

糖尿病性神経障害の発症メカニズムを解明することで、その成因に基づいたより効果的な治療法の開発につなげます。

また、糖尿病患者がアルツハイマー病になる確率が高いという知見を踏まえ、そのメカニズムや治療薬の開発も私たちの課題の一つです。

糖尿病合併症の克服に向けて

糖尿病が原因で足切断に至るケースも!

—— あらためて伺いますが、糖尿病とはどういう病気ですか。

三五インスリンの分泌が低下したり、ホルモンとしての働きが悪くなったりすると、ブドウ糖を血液から筋肉や脂肪組織に送り込むことができなくなり、高血糖という状態になります。これが長く続くとさまざまな臓器に悪影響を与えます。これを慢性合併症といいます。

—— 慢性合併症は何が怖いのでしょうか。

三五慢性合併症が下肢の神経障害としてあらわれると、組織が潰瘍や壊疸(えそ)を起こし、最悪の場合、足の切断をせざるをえなくなります。交通事故などの外傷を除くと、足切断の原因で最も多いのは糖尿病です。また網膜症による失明や腎症による人工透析導入の件数も多く、患者さんの健康寿命を縮めるだけでなく国民的な医療経済の圧迫にもつながります。


メカニズム

シュワン細胞を使って
「アルドース還元酵素」の働きを解明

—— 糖尿病性神経障害の成因は何ですか。

三五血糖が高い状態が続くと、血液が流れにくくなり神経に十分な栄養や酸素が供給されなくなるとともに、神経細胞(ニューロン)やシュワン細胞など、末梢神経を構成している細胞の代謝が異常になり、神経が壊れたり、消失したりします。そのことが、疼痛、神経伝導速度の低下による感覚鈍麻や自律神経障害などを引き起こすと考えられますが、そのメカニズムは完全に解明されているわけではありません。

神経伝導速度の低下や、疼痛、感覚鈍麻
血糖が高い状態で、何かが足の裏に刺さっていても痛みを感じない場合もある。これは、血液が流れにくくなったり、神経にソルビトールが蓄積したりすることによる、神経伝導速度の低下が原因

—— このプロジェクトではどういう成果が上がっていますか。

三五私たちは、シュワン細胞におけるポリオール代謝の亢進というものが糖尿病神経障害の発症に深く関与していることに注目し、マウスシュワン細胞株を使ってその発症メカニズムを明らかにしようとしています。まず、正常マウス由来のシュワン細胞を高血糖状態に置くと「アルドース還元酵素(AR)」のタンパク質量が増え、細胞内のソルビトールやフルクトースが著しく増加すること。「AR遺伝子欠損マウス」由来のシュワン細胞は、通常のシュワン細胞に比べると、ソルビトールやフルクトースの増加が見られないことなどを突き止めました。

有効な治療法の開発

究極の合併症治療薬は
生まれるか

 

—— 糖尿病性神経障害の治療薬の課題は何でしょうか。

三五一番よいのは糖尿病性神経障害の成因に基づいた治療で、すでにAR阻害薬が存在しますが、決定的なものはなく有効な新薬の開発が待たれるところです。私たちが明らかにしつつある、糖尿病性神経障害のメカニズム、とりわけARの活性化に伴うポリオール代謝の亢進メカニズムについての知見は大いに役立つと考えています。

—— 糖尿病はアルツハイマー病にも関係があるそうですね。

近年、糖尿病が認知症の危険因子であることが疫学調査でわかり、世界的に注目を集めています。糖尿病患者がアルツハイマー病および脳血管性認知症になる割合は正常者の2~4倍といわれます。最近では「糖尿病性認知症」という新しい病型も提唱されるようになりました。一方、老化研究ではさまざまな生物において食事制限が加齢を抑制し寿命を延長させることが示されています。

—— 生活習慣、特に栄養の取り過ぎが原因なのですか。

糖尿病やその原因となる過栄養な食事が、認知症の発症・進行を促進する重要な要因であると考えられます。私たちは、ショウジョウバエを用いた解析を中心に、認知症の発症・進行に対する糖尿病および過栄養食の影響などを研究しています。この研究を通して、新たな治療標的分子を突き止めることができれば、認知症の新たな治療法が生まれることが期待されます。

糖尿病はアルツハイマー病の危険因子
栄養の摂り過ぎによるメタボリックシンドロームが、(糖尿病や脂質異常症を引き起こし)認知症の要因となることもわかってきた