HOME広報活動刊行物 > April 2015 No.017

研究紹介

カルパイン3が筋ジストロフィーを防ぐための新奇なメカニズムについて

米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」に、カルパインプロジェクトの反町洋之参事研究員・小野弥子主席研究員らの研究成果が掲載されました。

カルパインプロジェクト 主席研究員小野 弥子

カルパイン3*1 は動物の筋肉(骨格筋)に発現するタンパク質で、さらにタンパク質を切断することを使命とする酵素(プロテアーゼ)です。ヒトをはじめとする脊椎動物においてカルパイン3が存在することは1989年に発見されました。

昨年までに行ってきた研究の結果、私たちは「カルパイン3は大変不安定な酵素であるが、筋肉中では2つの断片に切断され、いったん活性を失った後、再び会合して活性を回復して機能しうること」を見出しました。

○ カルパイン3と筋ジストロフィーについて

1995年に筋肉の疾患である筋ジストロフィー*2 の一種が、カルパイン3の遺伝子変異によって発症することが明らかになりました。その後の研究により、筋ジストロフィーの原因となるカルパイン3の遺伝子変異は、この酵素の活性(タンパク質を切断するという働き)を損なわせ、その結果、筋肉細胞が様々なストレスに対応できなくなるため筋ジストロフィーを発症すると考えられています。

○ どのようにしてカルパイン3が筋肉細胞のストレス対応 能力を支えているのか?

これは、世界中のカルパイン3研究者にとって、もっとも大きな疑問の一つです。この疑問に対し、私たちは、正常な(遺伝子変異を持たない)カルパイン3には、どのような性質・特徴があるのか、という視点から取り組んできました。

○ カルパイン3が持つ不安定さが意味すること

カルパイン3の特徴の一つに、大変不安定であることがあげられます。試験管内では、カルパイン3の活性は、急速に自己を2つの断片に分解することに費やされます。これは、非常に興味深い性質なのですが、ハサミが、“何かを切る前に二つの刃に分かれてしまう”状況と同じで、本来のハサミとしての役割(カルパイン3の場合は、タンパク質を切断するという働き)はどうなるのか?ということが長らく疑問でした(図1、矢印A)。

○カルパイン3は新奇なメカニズムによって機能を回復する

今回見出したカルパイン3の性質は、“バラバラになったハサミに、もとに戻ろうとする性質がある”という、ある意味、私たちには予想外の発見でした(図1、矢印B)。しかし、先入観を取り払ってみると、筋肉細胞は筋原線維からなる特別な環境であり、その中でカルパイン3がうまく働くためには、“パーツに分かれてから再度合体する”という性質は役立つとも考えられます(図2)。

図1. カルパイン3 はハサミに例えられる。

図1. カルパイン3 はハサミに例えられる。

図2. カルパイン3 についての仮説。

図2. カルパイン3 についての仮説。

今回の研究成果*3 を、従来説明がつかなかったカルパイン3の挙動、特に筋ジストロフィーを防ぐための働き方に対する正しい理解に近づくために活かして行きたいと思います(図3)。

図3. カルパイン3が筋肉で働くメカニズムについてのイメージ図

図3. カルパイン3が筋肉で働くメカニズムについてのイメージ図

【説明】

*1 カルパイン:
ほとんど全ての細胞に存在するタンパク質の一種。特に、他のタンパク質または自分自身を分解(切断)することから、“プロテアーゼ”と呼ばれる酵素である(分解されるタンパク質を、基質タンパク質という)。人間には500種類以上のプロテアーゼ遺伝子があり、カルパインは15種類存在する。
*2 筋ジストロフィー:
年齢と共に筋肉が進行的に壊死、萎縮を呈する遺伝性の難病。様々な責任遺伝子(=それが変異すると病気になってしまうような遺伝子)が存在しており、発症原因の多様性を理解し、それに基づいた治療法が模索されている。カルパイン3を責任遺伝子とするものは肢帯型筋ジストロフィー2A型(LGMD2A)と呼ばれ、腹部に近い筋肉の萎縮が顕著である。
*3
Ono Y, Shindo M, Doi N, Kitamura F, Gregorio CC,Sorimachi H. The N- and C-terminal autolytic fragments of CAPN3/p94/calpain-3 restore proteolytic activity by intermolecular complementation.
ProcNatlAcadSciUSA,2014,111,E5527-36,doi:10.1073/pnas.1411959111
ページの先頭へ