HOME広報活動刊行物 > Oct. 2015 No.019

研究紹介

Aβではなく、APPがタウの細胞間伝播に関与する

国際科学雑誌「Acta Neuropathologica」オンライン版に、長谷川成人参事研究員らの研究成果が発表されました。

認知症・高次脳機能研究分野 分野長長谷川 成人

1 研究の背景

アルツハイマー病は、物忘れなどの記憶障害からはじまり、その後、物盗られ妄想、徘徊などの症状が出現します。さらに悪化すると、介助が必要になるなど自分のことができなくなり、最終的には寝たきり状態になる進行性の認知症です。脳にアミロイドβ (Aβ)からなる老人班とタウが異常となった神経原線維変化の2つの病変が出現するのが特徴です。アルツハイマー病の原因は未だ不明ですが、1991年、Aβの前駆体タンパク質 (APP)の異常で発症する症例が発見されたことから、Aβがその原因であるとする「アミロイド仮説」が提唱され広く受け入れられてきました。しかしながら、90%以上の患者は遺伝子異常がない孤発性です。また、Aβよりもタウ病変の広がりが臨床症状と強い相関を示すことが示されています。さらに近年、細胞やマウスの実験で、タウ病変が細胞間を伝播して広がることが病気の進行の原因であるとする考えが注目されています。

これまでAβとタウの関係を示そうとした報告は山ほどありますが、いずれも明確な関連は示されていません。そこで我々は、Aβだけでなく、その前駆体タンパク質APPとタウの関係について、神経系培養細胞を用いて検討しました。


2 研究成果の概要

培養細胞にタウを発現させてしばらく培養しても、タウは異常になりません。また、その細胞に異常型タウ (試験管の中で人工的に線維化したタウ)を添加しても、大きな変化はおこりませんでした。さらに、異常タウと一緒にAβを培地中に添加しても、細胞内のタウが異常になることはありませんでした。一方、膜タンパク質であるAPPを細胞に発現させてから異常型タウを添加すると、APP発現細胞の表面にタウが結合する像が観察されました。さらに培養を続けると、その細胞内に異常リン酸化タウの蓄積が観察されました(図)。電子顕微鏡でそのタウを観察すると、患者の脳内にみられるような線維状構造をとっていることも確認されました。欠損体を用いた実験から、異常型タウの細胞内への取り込みにはAPPの細胞外ドメインが必要であることも分かりました。


3 発見の意義

以上の結果は、異常型タウがAPPの細胞外ドメインを介して細胞に取り込まれ、それが細胞内の正常タウを変換することによってタウが蓄積する可能性を強く示唆します。これまで、Aβとタウの関係ばかりに注目が集まっていましたが、タウの病変の広がりにはAβではなく、その前駆体APPが関わっている可能性が高いと考えられます。この研究の発展により、APPを標的とした異常型タウの細胞間伝播制御という認知症に対する新しい創薬が期待されます。

図

タウだけ発現させた細胞に異常タウを添加しても、異常タウはほとんど蓄積しない(左図)。タウとAPPの両方を発現させた細胞に異常タウを添加すると、APP発現細胞に異常タウ蓄積病変が検出された(右図)。APPが異常タウの受容体のように働いて取り込みを促進し、細胞内のタウを異常型に変換した。

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