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研究紹介

パーキンソン病のレヴィー病変のひろがりの背景にある秩序

国際科学雑誌「Acta Neuropathologica(アクタ・ニューロパソロジカ)」1月号に脳病理形態研究室の内原俊記副参事研究員らの論文が発表されました。

脳病理形態研究室 副参事研究員内原 俊記


1.研究の背景

パーキンソン病では動作緩慢・ふるえ・筋強剛・歩行障害等の運動症状があります。その原因は脳の深部にある黒質の病変で、正常脳にも存在するαシヌクレイン(αS)というタンパクが凝集して悪玉αSとなってレヴィー小体という病変をつくり、細胞を障害すると考えられています。さらに、αS病変は黒質に出現してパーキンソン病を起こすだけでなく、大脳に出現すればレヴィー小体型認知症を引き起こし、自律神経系に出現すれば低血圧や便秘などの多彩な非運動症状にも関連することが知られるようになってきました。


2.研究成果の概要

正常脳にあるαSがどのような仕組みで凝集して悪玉αS病変をつくるかという仕組みは不明ですが、一旦凝集した悪玉αSに接した正常αSは、悪玉αSに変化することが試験管内で示されています。いわば「朱に交われば赤くなる」というわけです。

では、脳内に形成されたαS病変は際限なく広がってしまうのでしょうか? パーキンソン病脳のαS病変は、脳の下にある延髄から上へ向かって大脳まで連続的に広がるという仮説がこれまで提唱されてきました(図1中抜き矢印)。αS病変が出現しやすい部位は黒質の他に、青斑核(気分、睡眠等に関係)、迷走神経背側核(自律神経)、マイネルト基底核や大脳(認知機能)等ある程度決まっています。もし脳の下から上へ向かって病変が広がるとすれば、対応する症状の起こる順序は一定のはずです。しかし、実際の患者さんでは多彩な症状が様々な順序で起こることが最近注目されています。また、これらの部位を互いに結びつける病変や経路はヒト脳では明確ではありません(図1破線)。

図1

図1

では 、αS病変はどこにでも出現するのでしょうか? αS病変のできやすい神経細胞は、信号を送る軸索という突起が細く長く豊富に分岐している点で共通することに我々は注目しました(図2)。ヒト黒質神経細胞では、一本の軸索が豊富に分岐し100万個以上の神経細胞へ連絡します。分岐が多ければ多いほど突起の先は障害されやすくなるのは自明です。さらにαSはこの軸索末端のシナプスに豊富で、こうした障害にともなって軸索末端から沈着する様に見えます。軸索の分岐が多ければ多い程αS沈着の始まる部位も多く、それが構造的な鋳型となってαSの沈着・凝集、軸索の変性をさらに促進しているのがレヴィー小体の形成過程と理解できます。病変をつくるのは確かにαSですが、その場となる細胞の構造が病変の形成や進行を促進する様子は「水は方円の器に従う」(たと)えることができるでしょう。

図2

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3.発見の意義

一定の方向に病変が広がるという仮説は魅力的ですが、実際の臨床像の進展を説明できない点に問題がありました。αS病変の起こる部位は限定されていますが、互いに連続性は乏しく、起こる順序も一定しないという我々の新たな視点は、実際の臨床症状と病態をよりよく結びつけることができます。今後パーキンソン病やレヴィー小体病の基本的病態として、より正確な診断法や治療法を構築する上で基本的な考え方となることが期待されます。


参考文献

Uchihara T, Giasson BI. Propagation of alpha-synuclein pathology: hypotheses, discoveries, and yet unresolved questions from experimental and human brain studies. Acta Neuropathologica. 2016 Jan;131(1):49-73. doi: 10.1007/s00401-015-1485-1

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