HOME広報活動刊行物 > April 2016 No.021

研究紹介

ヒトの『進化の記憶』を鳥の脳から解き明かす

英国科学雑誌「Development」に神経回路形成プロジェクトの丸山千秋副参事研究員らの論文が発表されました。

神経回路形成プロジェクト 副参事研究員丸山 千秋


1.研究の背景

ヒトを含む哺乳類の大脳皮質は、脳の中でも最も主要な部分として、感情情報を統合し、記憶や認知機能を司る中枢ですが、哺乳類の進化の過程でどのようにして獲得されたかは謎に包まれていました。


2.研究成果の概要

これまでの研究は哺乳類の脳の発生過程だけに注目し、他の動物の脳の発生過程を比較した研究はほとんど報告されていませんでした。本研究では、羊膜類の中でも哺乳類と同様に大きな脳へ発達する鳥類の大脳の発生過程を解析しました。電気穿孔せんこう法という簡便かつ多量に外来遺伝子を生体組織に導入できる方法によって神経細胞が産生されるメカニズムを解析し、哺乳類と鳥類に共通した発生プログラムや、鳥類独自の発生プログラムを解明しました。まず哺乳類では、基底膜側の神経前駆細胞はTbr2と呼ばれる転写因子を発現して分裂をしますが、トリではTbr2陽性細胞は分裂能力を失っていることがわかりました(図1)。次に細胞分裂面の特徴を調べるために、電気穿孔法でGFP遺伝子を導入後、脳スライス培養技術を用いて、トリ脳の神経前駆細胞の動きを世界で初めてライブイメージングで観察したところ、トリの基底膜側の神経前駆細胞は、脳室面に水平方向に分裂する細胞が多く、これは哺乳類、特に霊長類の大脳皮質に多く存在する神経前駆細胞と同様の特徴であることがわかりました。すなわち、哺乳類脳がより大きな脳を獲得するために、霊長類になって特に発達したと考えられている特徴を持つ神経前駆細胞が、鳥類にも存在することが明らかになったわけです (図1)。本研究結果から、進化の過程で哺乳類と鳥類は、2億年以上前に共通の祖先から分かれて独自に進化を遂げてはきたものの、共通したメカニズムによって神経細胞の飛躍的な増加を可能にし、大きな脳を獲得したことが推測されました (図2)。鳥類は哺乳類と同様に社会性や高度な知性を持っていることが明らかとなっており、本研究は哺乳類の知性の基盤となる脳の進化起源に迫る手がかりとして、今後、哺乳類独特の大脳皮質の発生に伴う様々な疾患の解明にも貢献することが期待されます。

図1. 哺乳類、鳥類大脳における神経細胞の産生様式の比較。哺乳類では、 脳室側の前駆細胞(A)が増殖し、基底膜側の前駆細胞(B)を産生する。 基底膜側の前駆細胞の一部は Tbr2 と呼ばれる転写因子を発現して いる。一方、鳥類にも哺乳類と同様な基底膜側の前駆細胞が存在して いるが、鳥類では Tbr2 を発現する細胞は分裂能力を失っている。

図1

図2. 哺乳類、爬虫類、鳥類の系統関係。

図2

3.発見の意義

本研究成果は、他の動物の細胞との比較検証により、哺乳類大脳皮質の進化的起源に迫る手がかりとなるもので、今後は小頭症やその他の先天性脳神経疾患などの原因究明へと進展していくことが期待されます。

本研究は、京都府立医科大学、東京都医学総合研究所、愛媛大学、東北大学、日本大学、ドレスデン再生治療センターと共同で行ったものです。


参考文献

Nomura T, Ohtaka-Maruyama C, Yamashita W, Wakamatsu Y, Murakami Y, Calegari F, Suzuki K, Gotoh H, Ono K. The evolution of basal progenitors in the developing non-mammalian brain. Development. 2016 Jan 1;143(1):66-74. doi: 10.1242/dev.127100

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