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April 2017 No.025
英国科学誌「eLife(イーライフ)」に学習記憶プロジェクトの上野耕平副参事研究員らの研究成果が発表されました。
学習記憶プロジェクト プロジェクトリーダー齊藤 実
副参事研究員上野 耕平
脳神経伝達物質の1つであるドパミンを放出するドパミン作動性神経細胞(ドパミン神経)は1つのドパミン神経が膨大な数の神経細胞に投射しています。そのため、たとえば全ての受け手の神経細胞にドパミンは放出されるのか、それとも限られた受け手にのみ放出する仕組みがあるのか?などは良く分かっていません。ドパミンは匂いと電気ショックによって形成されるハエの匂い嫌悪記憶にも必須です。そこで私たちはハエの匂い嫌悪記憶が形成する過程においてどのようにドパミンが放出されているのか調べました。
神経活動を可視化できる蛍光プローブをハエの記憶中枢であるキノコ体に、ドパミン放出を可視化できる蛍光プローブをドパミン神経に作らせたハエを用意します。この脳を取り出し、レーザー共焦点顕微鏡で観察するとキノコ体の活動性やドパミンの放出を「見る」ことができます。匂い嫌悪学習を模して、ガラス電極により、それぞれ匂い情報と電気ショック情報をキノコ体に伝達する神経を同時に刺激すると、匂い神経の刺激に対するキノコ体の応答活動が長期間上昇します。これはちょうどハエが匂いを覚えていることと良く似た現象と考えられます。この過程でドパミンの放出を観察すると、キノコ体に匂いと電気ショックを伝える神経を別々に刺激してもドパミン放出が観察されなかったにも関わらず(ドパミンは匂い情報にも電気ショック情報にも直接関与していない)、キノコ体が二つの神経により同時に刺激されるとドパミンがキノコ体へと放出されることがわかりました。さらにその放出にはキノコ体のアデニル酸シクラーゼという酵素の活性化が必要であることもわかりました。
今回の研究から、ドパミン放出にはドパミンを受け取るキノコ体神経が、2つの刺激によって興奮することが重要であると分かりました。これは今まで考えられてきた「神経伝達物質の放出は、その放出する神経細胞が調節している」という放出機序とは異なる、神経伝達物質を受ける神経が伝達物質放出を調節するといった新たな放出機序を示唆するものです。ドパミンの放出量は統合失調症やパーキンソン病、さらには健常な人の睡眠や学習にも重要です。今回の研究成果はこれら脳病態の治療や、睡眠・学習異常への解明の手掛かりになることが期待されます。
ハエの記憶中枢であるキノコ体に2つの神経経路(匂い情報と電気ショック情報)からの入力が伝達されるとキノコ体神経のアデニル酸シクラーゼが活性化し、近傍のドパミン神経からドパミンが放出される。
Ueno K, Suzuki E, Naganos S, Ofusa K, Horiuchi J, Saitoe M.
Coincident postsynaptic activity gates presynaptic dopamine release to induce plasticity in Drosophila mushroom bodies.
eLife. 2017 Jan 24;6. pii: e21076.
doi: 10.7554/eLife.21076.