特集 脳機能再建プロジェクト | 東京都医学総合研究所

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特集

脳機能再建プロジェクト (脳と心が身体を動かす)

脳機能再建プロジェクトリーダー西村 幸男

西村 幸男

脳が身体を動かしている

私は子供時代、そこそこ足が速かったのですが、高校に入ってみると、一番ではなくなりとても悩みました。悔しいので、オリンピック選手と自分との違いは何なのかと考えました。当時は、カール・ルイスとかベン・ジョンソンが全盛期のころで、ベン・ジョンソンは身長180cm体重88kgの筋肉隆々、一方その当時の私は身長181cm体重64kgのガリガリで、そうだ私に足りないのは筋肉だということに気が付き、私はボディビル雑誌を立ち読みするようになり筋力トレーニングを始めました。走る時間よりも筋力トレーニングをしている時間のほうが長くなり、確かに筋肉も力も付きましたが、足が速くなったのかというと、残念ながらさほど速くはなりませんでした。また悔しいので、いろいろ調べてみると筋肉は脊髄に支配され、脊髄は脳によって支配されていることがわかりました。我々の身体は脳によって動かされているということを知ったわけです。筋肉を鍛えるだけでなく、その筋肉を効率よく動かすための脳を鍛えなくてはならないのだということに気付いたのです。なぜ自分がスポーツ選手として成功しなかったのか?何が足りなかったのか?足が速くなりたい!これが私の脳科学者としてのモチベーションです。


脳機能再建プロジェクト

自分の身体は自分の思い通り動くものです。歩く、座る、手を振るといった動作でも、私たちの身体を動かすには脳からの信号が脊髄を通って、筋肉を巧みに制御し、身体を動かしています。その脳と筋肉を繋いでいる脊髄に損傷が起きると、脳と筋肉を繋ぐ神経の経路が断線した状態になり、脳からの信号が筋肉に届かなくなってしまうため、思い通りに身体が動かせなくなってしまいます。これが脊髄損傷の主な症状です。脊髄損傷は交通事故や転倒、スポーツでの事故が原因となるケースが大半で、若い年齢の患者さんも多くいます。脊髄損傷は、脳自体には損傷はありません。従って、意識も認知機能もしっかりしているのに、身体だけが動かせなくなってしまいます。そのために起きる精神的なストレスは甚大で、うつ病を併発する人が多いのも特徴の一つです。日本では10万人もの脊髄損傷の患者さんがいて、年間5000人もの人々が新たに脊髄損傷を負っています。そのような脊髄損傷患者さんの切なる思いは、「自分自身の身体を自分の意思で自由自在に動かしたい」、これに尽きます。

我々、脳機能再建プロジェクトでは、脳脊髄損傷後の機能回復・再建を最大化する革新的な治療法を確立し、その機能回復メカニズムを解明することを目指しています。


切れてしまった神経を繋ぐ人工神経接続

脊髄損傷による運動麻痺の原因は、脳と脊髄とを繋ぐ神経経路が断線していることです。しかしながら、損傷部分以外の脊髄や脳、筋肉は損傷しているわけではありません。我々は、その機能の残っている脳からの電気信号を、脊髄の損傷部分をバイパスして、機能の残っている脊髄に伝えてあげれば、手を健常に動かすことができると考えました。そこで、特殊な電子回路を介して傷ついた脊髄をバイパスし、人工的につなげる「人工神経接続」の技術を開発しました。人工神経接続は、脳と筋肉を結ぶ新たな経路を人工的に作り、脊髄損傷などによって断線した箇所のその先に信号をバイパスさせ、神経経路を補完しようというものです。実際、脊髄損傷モデル動物の損傷した脊髄を人工神経接続によってバイパスさせたところ、手の筋肉を思い通りに動かすことができるようになるまで回復させることに世界で初めて成功しました。

失った機能を取り戻し、強化する人工神経接続

心と機能回復

我々の行動は心の状態に大きく左右されます。例えば、ポジティブな心の状態、元気があるときは活動的になりますが、うつのようなネガティブな心の状態では、起き上がるのも億劫になってしまいます。

脊髄損傷や脳梗塞の患者さんのリハビリテーションでは、意欲を高くもつと回復効果が高いこと、それとは逆に、うつ症状を発症するとリハビリテーションに支障が出て、運動機能回復を遅らせるということが、臨床の現場で経験的に知られていました。しかし、実際に脳科学的に、“やる気や頑張り”といった心の状態が、運動機能回復にどのように結び付いているのかは解明されていませんでした。我々は、運動機能回復の早期において、“やる気や頑張り”を司る脳の領域である側坐核が、運動機能を司る大脳皮質運動野の活動を活性化し、運動機能の回復を支えることを脳科学的に明らかにしました。この研究結果から、“やる気や頑張り”を司る「側坐核」の働きを活発にすることによって、脊髄損傷患者のリハビリテーションによる運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられます。リハビリテーションにおいては、心理的サポートも重要で、心が身体を動かすための源だということを意識することも重要であるといえます。


脳科学的にスポーツを理解する

3年後の2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。東京都民のスポーツに対する興味はこれまでにない高まりを見せていることでしょう。

スポーツに脳は必要なのか?巧みに身体を動かすこと、大きな力を出すことはたくさんの筋肉へ脳からの信号が適切に来なくては達成できません。サッカーなどチームスポーツでは敵味方の位置を目や耳から情報収集し、それを脳で集約・状況判断し、次の行動を決定するのも脳の役割であります。チームメイトやコーチとの人間関係を作るのも脳がなせる業であります。集中力・根性・不屈の闘志・努力・悔しさといった心を作り出すのも脳です。トップスポーツ選手はこれらをすべて兼ね備えています。このように、高度なスポーツパフォーマンスの源を辿れば「スポーツの主役は脳」といっても過言ではありません。スポーツはアスリートだけでなく、多くの国民が関心を持つ文化的営みであり、その実践は心身のバランスの取れた発育発達・健康を促進します。しかし、日常的にスポーツを行っている一般人が、なかなか上達せずに壁にぶつかってしまい、長続きしないことは良く聞く話です。スポーツを日常生活の中に取り込むためには、自分自身が上達している実感と、上達することによってもたらされる喜び・楽しみを感じ、さらに上達するために努力するような意欲を保つことが重要です。このようなスポーツと心の関係や、精神状態によるスポーツパフォーマンスの脳内基盤を我々は解明していきたいと考えています。

心が身体を動かす仕組み
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