HOME広報活動刊行物 > Oct 2017 No.027

研究紹介

グルタミン酸受容体の新たな機能の発見
〜松果体様器官形成にAMPA型グルタミン酸受容体が必須〜

米国科学誌「PNAS」on-line版に平井志伸研究員、岡戸晴生副参事研究員らの研究成果が発表されました。

神経細胞分化プロジェクト 研究員平井 志伸


今回、私たちは慶応義塾大学の堀田耕司専任講師と共同で、AMPA型グルタミン酸受容体 (以下AMPA受容体)の新しい機能を発見しました。AMPA受容体はグルタミン酸受容体の仲間ですが、人工アミノ酸であるAMPAも結合する為この名が付いています。脳内では、グルタミン酸が結合すると、神経細胞の膜にトンネルを形成し、様々な陽イオンを細胞内に取りいれることで、細胞を興奮させます。この興奮が周囲の神経細胞に伝わることが、学習や記憶の成立には必要です。

これまでにAMPA受容体は、哺乳類の成体の脳で研究され、学習記憶に必要であることが知られていました。一方、この受容体は胎児期の早期より発現がみられ、学習記憶の成立以外の機能も強く推察されてきました。新しいタンパク質の機能を知る為には、その機能を低下させ、どのような変化が起きるのかを観察する実験が役立ちます。しかし、哺乳類ではAMPA受容体の構成タンパク質が4種類も存在するため、そのような実験が技術的に困難でした。そこで本研究では、脊椎動物の祖先として知られる原索動物であるホヤを用いて解析しました(図1)。ホヤは脊椎動物に最も近縁で原始的な生物で(図2)、AMPA受容体が一つしかありません。さらに発生期のホヤは体が透明で、しかも数日で成体になる為、受精からオタマジャクシ幼生、さらに変態を経て成体へという発生の過程が容易に観察できます。この特徴を利用して、個体レベルで解析を行い、AMPA受容体が、哺乳類の松果体*1に相当する光受容感覚器形成に必須であること、さらに、変態*2という現象にも必須であることを明らかにしました。本研究は、個体レベルでAMPA受容体の機能解析を行った初めての研究であり、AMPA受容体の発生における新たな機能を発見することに成功しました(図3)。

また、今回の結果ではAMPA受容体の発現が、成熟した神経細胞がほとんど存在しないと考えられる“神経胚期“からみられたので、発生期のAMPA受容体は、興奮の伝達以外の機能により、器官形成を担っていることも考えられます。さらに、AMPA受容体が存在する部位を調べたところ、中枢神経系の一部にのみ発現していることが分かりました。我々哺乳類では、ほぼすべての中枢神経系の神経細胞でAMPA受容体が発現しています。このことから、進化の過程で、AMPA受容体が幅広い機能性を獲得していったことが窺えます。

今回明らかにしたAMPA受容体の新たな機能は、哺乳類でも想定されます。近年の遺伝子工学の進歩により、たくさんの遺伝子を一度に操作することも可能になってきました。哺乳類においても、個体レベルでAMPA受容体の機能を明らかにできれば、松果体の形成以外にも、発生期における新たな機能が発見されると期待できます。

図1.

研究に使用される様々なホヤ

図2.

進化系統樹

図3.

正常なAMPA受容体が減少すると松果体様器官の形成不全および変態不全が引き起こされる

用語解説

*1 松果体 :
哺乳類ではサーカデイアンリズム(約24時間周期のリズム)に従いメラトニンを分泌する器官として知られています。ホヤ幼生における光を受容する器官は哺乳類の松果体に相同な器官と考えられます。松果体の発生過程をみれば、頭頂眼(頭蓋の頂点にある「第3の目」)と相同のものです。
*2 変態 :
ホヤの変態は、ホヤオタマジャクシ幼生が、海底に付着し、尾の退縮、体軸の回転、消化管形成などにより、成体の体に変化することです。
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