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特集 ー 「Science」 掲載記事を解説 ー

旅するニューロンへのシナプス伝達が神経細胞移動を制御

神経回路形成プロジェクト 副参事研究員丸山 千秋

丸山千秋

ヒトの精神活動を担う大脳の部位は大脳新皮質と呼ばれ、6層構造内に数百億個の神経細胞(ニューロン)が精緻に配置されています。それらのニューロン間に“配線”される精密な神経回路を使って私たちは判断し、覚え、言葉で表現することができるのです。大脳新皮質の層構造は、生まれたニューロンが“旅”をすることで出来上がります。今回私たちはこの“ニューロンの旅”を正確にコントロールする仕組みを発見しました。

高次の認知、学習、言語等の脳機能及び精神活動は、ヒトが進化の過程で獲得した特徴的な脳活動です。 大脳新皮質はこうした高度な脳機能を担う脳の部位で、ヒトを含めた哺乳類にしか存在しません。顕微鏡で詳細に観察すると、6層の構造内にそれぞれ異なる性質や形態の膨大な数のニューロンがびっしりと配置されています。ではこの精巧な構造はどのようにできてくるのでしょうか?脳は胎児期に作られますが、脳の奥深い場所で生まれたニューロンは、脳の表層に向かって移動を始め、機能する場所まで移動します。その際、「多極性移動」と「ロコモーション」と呼ばれる二種類の移動様式を使って、正確に自分の目的地へと移動します(図1)。このようにして新生ニューロンが次から次へと移動して行き、最終的に6層構造ができます。移動を終えたニューロンは、正しい方向に軸索や樹状突起を伸ばし、決められたニューロンと“配線”されることで複雑な神経回路ができ上がるのです。このニューロンの“旅”の過程は放射状神経細胞移動と呼ばれ、この過程に不具合があると層構造が乱れ、脳奇形や、様々な神経・精神疾患の発症につながることがわかってきました。したがって、ニューロンの“旅”の制御機構の解明は、脳形成異常等の脳疾患や、自閉症や統合失調症等の精神疾患の病因を探る上でもとても重要です。

「サブプレートニューロン」は、大脳新皮質が作られる際に最も早く誕生するニューロンです。しかし、脳が出来上がると細胞死によって消えてしまう、脳形成期に一過的に存在する特別なニューロンですが、その役割はあまりわかっていませんでした。私たちは、サブプレートニューロンがその後次々と生まれるニューロンと一過性のシナプスを形成し、その最終目的地への移動を促す信号を送っていることを、マウスを用いた実験により初めて明らかにしました。

図1 放射状神経細胞移動の模式図

放射状神経細胞移動の模式図

脳室帯で生まれた新生ニューロンは多極性移動した後、サブプレート層を越える際、双極性細胞に形態変化し、放射状グリア線維に沿って脳表に向かってより早いスピードで移動していく(ロコモーションモード)。


新生ニューロンの移動過程に障害があるとしばしばサブプレート層の直下で滞る

子宮内電気穿孔法を用いてマウス胎仔期の脳室帯細胞に様々な遺伝子を導入することができます。この方法で新生移動ニューロンにおいて様々な遺伝子をノックダウンすると、放射状神経細胞移動の障害が見られることがあります。その表現型を注意深く観察し、ある共通性に気づきました。それは、移動に障害のあるニューロンは、しばしば大脳新皮質の半ばで移動をやめ、留まってしまう例が多いという共通性です。この皮質半ばの境界は一体何なのか?そこから研究はスタートしました。様々な解析からこの境界がサブプレート層であることがわかりました。ではなぜここで留まってしまうのでしょうか?培養スライス脳を用いたタイムラプス観察により、実は正常な新生ニューロンもサブプレート層直下でそのスピードを緩めて一度立ち止まり、その後早いスピードで皮質板を上っていくロコモーションに変換することがわかりました。すなわち、サブプレート層を境に新生ニューロンの形態と移動モードが大きく変わるのです。このことから私たちは、サブプレート層が重要なシグナル伝達の場なのではないかという仮説を立てました。


サブプレートニューロンと移動ニューロンはシナプス構造を介して接触する

そこでまず、移動ニューロンのカルシウム動態を観察しました。すると、多極性移動を行なった後、サブプレート層を越える際に一過的なカルシウム上昇が起こり、その後移動モードを変えました。つまり、サブプレート層に到達した多極性細胞は何らかのメカニズムでカルシウム上昇が起こるシグナルを受け取っているようでした。サブプレート層はサブプレートニューロンと豊富な細胞外基質から成っています。そこで、サブプレートニューロンがシグナルを送っている可能性を調べるために、胎生中期に既に神経活動をしているか確かめました。カルシウムセンサーを導入し、胎生中期で脳スライスを作成しイメージングを行なうと、カルシウム濃度の変動が観察され、サブプレートニューロンは活発に神経活動をしていることがわかりました。さらに、サブプレートニューロンと移動ニューロンを異なる蛍光でラベルし、その動態を観察してみると、サブプレートニューロンは脳室帯側に軸索様の突起を盛んに伸ばし、それらの突起と多極性細胞が密接にコンタクトしている様子が観察できました。電子顕微鏡で調べたところ、接着部位にはシナプス様構造がありました。未熟で移動途中の胎生中期の新生ニューロンにシナプス様構造が見られることは驚きでした。実際にシナプス小胞からの放出によるシグナルを送っているかどうかを、小胞放出を検出する蛍光イメージングでも確認できました。


多極性細胞はサブプレート層においてグルタミン酸シグナルを受け取って双極性細胞へ変換する

このシナプスを介した接触はニューロン移動の制御に関与しているのでしょうか?そこで次に、サブプレートニューロンの神経活動を抑制してみると、多極性細胞の皮質板への進入が障害されました。さらに、移動ニューロン側でシナプス後部のタンパク質遺伝子ノックダウンを行うと、やはり皮質板への進入が障害されました。最後に、移動ニューロンがサブプレートに到達する前の段階で、グルタミン酸濃度を局所的に上げると、移動モードの変換が早まりました。これらの結果から、次のモデルが考えられました。移動を始めた新生ニューロンは、多極性移動でサブプレート層に近づき、サブプレートニューロンから一過的なシナプスを介してグルタミン酸シグナルを受けとる。すると多極性細胞内のカルシウム濃度が上昇しその下流のシグナルがオンになって、細胞骨格の再構成が起こり、形態と移動モードを変換する、というモデルです(図2)。わかりやすく表現すると、サブプレートニューロンはいわば関所に立って、旅の途中の幼若ニューロンを街道へと導くためのシグナルを与えていると例えることもできます(図3)。

図2 サブプレートニューロンは後から生まれる神経細胞にシナプスを介して信号を送り、移動様式の変換を促す

サブプレートニューロンは移動様式の変換を促す

多極性細胞はサブプレート層下でサブプレートニューロンからのグルタミン酸シグナルを、一過的なシナプス接着を通して受け取る。これにより多極性細胞内のカルシウム濃度が一過的に上昇し、双極性細胞への形態変化とロコモーションへの移動モード変換が起こる。

図3 サブプレートニューロンは幼若ニューロンの旅を手伝う

サブプレートニューロンは幼若ニューロンの旅を手伝う

サブプレートニューロンは関所に立って生まれたばかりの幼若ニューロンが形を変えてうまく街道を走れるようにシグナルを与えている。

おわりに

本研究は、「シナプスは、主に成熟したニューロン間の神経情報伝達で使われる」というこれまでの常識を覆し、発生期の幼若ニューロンにおけるシグナル伝達の道具としても使われることを初めて示したものです。今後はこのシグナルに関与する遺伝子の機能解析を進めることで様々な神経・精神疾患の原因解明につながる可能性が期待されます。また、サブプレート層は哺乳類しかないことから、大脳新皮質の進化を考える上でも重要です。つまり、新生ニューロンの「新しい移動モード」の獲得も哺乳類脳への進化に重要だったのではないか、そしてサブプレートニューロンがそこで大きな役割を果たしたのではないかと考えています。最後になりましたが、本研究を行うにあたり、ご指導賜りました神経回路形成プロジェクト前田信明リーダー始め、共同研究者、研究協力者の皆様に心より感謝申し上げます。

※ Science誌は米国科学振興協会(AAAS)の公式刊行物で、1880年に米国で創刊され138年にわたる長い歴史をもつ科学学術誌です。
2017年に掲載された日本人の論文は47しかありませんでした。

【参考文献】

Synaptic transmission from subplate neurons controls radial migration of neocortical neurons.
C. Ohtaka-Maruyama, M. Okamoto, K. Endo, M. Oshima, N. Kaneko, K. Yura, H. Okado, T. Miyata, N. Maeda, Science 360(6386):313-317. doi: 10.1126/science. aar2866.

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