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初回エピソード精神病に対する初期包括支援サービスの効果検証:多施設ランダム化比較試験 (J-CAP Study)

「Journal of Psychiatry Research」に心の健康プロジェクトの西田淳志副参事研究員ら研究成果が発表されました。

心の健康プロジェクト プロジェクトリーダー西田 淳志


統合失調症をはじめとする精神疾患の多くは、思春期・青春期に発症します。精神疾患をはじめて経験する若者にとって、病気による苦痛や混乱、その影響によって勉強や仕事が続けられず今後の人生に見通しが持てない状況に陥ることは、ほんとうに辛いことです。また、周囲におられるご家族にとっても、こうした状況に遭遇した際、不安と孤独を抱えることが少なくないと思います。この20年ほどの間、欧米を中心に精神疾患発症後の混乱期にある若者とそのご家族を積極的に支援する「初期包括支援サービス(Early Intervention Service)」が開発・普及され、若者の精神疾患からの回復可能性が大きく改善されました。また、こうしたサービスの普及により、若者の自殺率が低下した国や地域もあります。一方、我が国では、これまでに科学的に効果が実証された初期包括支援サービスはありませんでした。  私たちの研究プロジェクトでは、統合失調症を発症した若者とそのご家族を対象とした初期包括支援サービスを開発し、さらに都立松沢病院や東大病院など全国5つの臨床施設と連携した多施設ランダム化比較試験を行い、その効果を科学的に実証しました。

初期包括支援サービスでは、治療にあたる医師とは別に、看護師や精神保健福祉士といったスタッフが「ケースマネジャー」となって若者や家族のケアを担当します。家庭を訪問して若者の困っていることを聞いたり、学校や職場を一緒に訪問して復学や復職を支援したりします。特に、学校や職場への復帰を「迅速」に支援していくことは、若者が希望と回復への意欲を失わないようにするためにとても大切です。旧来のアプローチでは、復学や就職の前に様々なリハビリ訓練が設定され、それに多くの時間が割かれ、その間に若者が就学や就労を諦めてしまう、ということが多く生じていました。 こうした就労・就学前の訓練型リハビリは、効果が低いことが国際的に一貫して報告されています。初期包括支援サービスでは、若者の回復への意欲を高めるために、実際の職場や学校にできるだけ早く戻れるように支援し、若者が経験する具体的かつ“本物の苦労”を上記のケースマネジャーとともにタイムリーにその場で解決していくことをとても大切にしています。

今回の多施設ランダム化比較試験では、統合失調症や双極性障害を発症した77人(15~35歳)のうち40人に初期包括支援サービスを、37人には外来受診を中心とした通常の治療を受けてもらい、1年半後の様子を比べました。すると、目立った症状がなく落ち着いた状態が半年以上続く「寛解」と判断できた若者は支援サービスを受けた側で23人、通常の治療を受けた側では10人。初期の病状なども踏まえて解析すると、症状が落ち着く割合はサービスを受けた側が6.3倍高いことが明らかとなりました。また、薬を使う量が少なくてすむ傾向もみられました。若者にとって信頼できるスタッフと、発病後の早期から社会復帰に向けてともに歩めたことが回復への希望を生み、症状の安定につながったのではないかと思います。こうしたエビデンスに基づくサービスが今後、東京都や全国に普及することが可能となれば、統合失調症などの重症化予防に貢献できると考えられます。

本研究には、英国の専門家チームと連携した人材育成研修プログラムの開発に2年、サービスの実証研究に4年近く費やしました。臨床試験に参加してくださった若者・ご家族、さらには国内外の80名を超える研究者・臨床家の協力により紡ぎだされた貴重なエビデンスです。ご協力いただきました皆様に心より感謝申し上げます。


論文:

Nishida A, Ando S, Yamasaki S, et al., A randomized controlled trial of comprehensive early intervention care in patients with first-episode psychosis in Japan: 1.5-year outcomes from the J-CAP study. Journal of Psychiatry Research, 102:136-141. 2018


西田淳志

西田 淳志 副参事研究員
精神行動医学研究分野
心の健康プロジェクト
プロジェクトリーダー

新年の目標
「ディスカバリーからデリバリーへ」

私たちは、人の健康、特に心の健康に影響を与える「環境要因」に着目した新たなケア戦略の開発を行っています。福祉・介護サービスも人の健康と発達に大きな影響を与える“環境要因”であり、そこで提供されるサービスの質をいかに高めるかは都民の健康増進のための重要な課題です。私たちは、認知症の人の在宅生活を支えるためのケアプログラムも開発し、その効果を科学的に実証しました。重要な科学的発見、開発がなされても、それを必要とする人々になかなか届かない、あるいは届くのに膨大な時間がかかる、ということが世界中で課題となっています。貴重な科学的発見(ディスカバリー)をいかにタイムリーかつ効果的に都民に届けられるか(デリバリー)。こうした課題にもしっかりとチャレンジしていきたいと思います。

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