当研究所では、第9回都医学研シンポジウムを当研究所の講堂において開催しました。今回は、「グリア細胞機能の新展開から脳機能のさらなる理解へ」をテーマに行いました。
グリア細胞は最初、細胞体を見分けることができず、神経細胞と神経細胞の間を埋めるものとだけ認識されていました。しかし、研究が進み、細胞として認識されてからは、形態等の違いからアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリア等に分類され、それぞれ特徴のある機能も見つかってきました。これまでの脳研究では神経細胞間の理解が中心でしたが、この数年間のグリア細胞の研究から、神経細胞-グリア細胞間、さらにグリア細胞-グリア細胞間のコミュニケーションの理解が、脳機能の理解において不可欠なものと認識されるようになってきました。このため、今回のシンポジウムでは、グリア研究の最前線で活躍する研究者から、最新のグリア細胞機能の知見をご紹介いただきました。
まず、前半の部では、最初に当研究所学習記憶プロジェクトの宮下知之主席研究員からショウジョウバエを使い、連合学習に必要な電気ショックの情報を記憶中枢に伝達しているのが神経細胞ではなく、グリア細胞であることを明らかにしたことをお話ししました。次に、理化学研究所脳神経科学研究センター神経グリア回路研究チームの大江佑樹研究員から、シナプスと血管を被覆するアストロサイトによる記憶の定着についてお話しいただきました。さらに、神戸大学大学院医学研究科システム生理学分野の和氣弘明教授から、特殊な顕微鏡を用いて、動物を生きたまま観察し、ミクログリアがその突起を動かすことでシナプスを監視していることなどを明らかにしてきたことをお話しいただきました。
続く後半の部では、まず、山梨大学大学院総合研究部医学域薬理学講座の小泉修一教授から、アストロサイトが変化することで、本来独立している触覚及び疼痛のネットワークが混線し、神経障害性疼痛が起こることをお話しいただきました。次に、九州大学薬学研究院附属産学官連携創薬育薬センターの津田誠センター長から、触れただけで痛みが起こるアロディニア(異痛症)を発症するメカニズムでは、神経細胞によるものだけでなく、グリア細胞によるものが重要であることなどをお話しいただきました。
講演後のアンケートでは、「グリア細胞にも様々な種類・機能があり、それぞれが関連しあって学習や病気に作用していることがわかった。」といった御意見を多く頂きました。
当研究所では、一橋講堂において、「依存症に正しく向き合う -予防、治療、回復-」と題して、第7回都医学研都民講座を開催しました。今回は、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長の松本俊彦先生を講師にお迎えしました。
まず、当研究所依存性薬物プロジェクトの池田和隆プロジェクトリーダーが、「依存症をめぐる最近の動き」と題してお話ししました。最近は海外だけでなく日本においても薬物乱用は深刻な問題となっています。また、世界保健機関がゲーム症を新疾患とし、また、IR法やギャンブル等依存症対策基本法が施行され、依存症や行動嗜癖への関心が高まっています。このようなことを背景に、自らが委員長を務める日本学術会議のアディクション分科会で、国への政策提言を検討するとともに、当研究所と国立精神・神経医療研究センター等との間で、依存症の治療薬の開発を進めていることをお話ししました。
続いて、松本先生に、「人はなぜ依存症になるのか -依存症からの回復のために必要なもの-」と題して、ご講演いただきました。依存症になる場合、一般的には快楽を享受するために薬物を使用すると考えられがちですが、むしろ苦痛を抱えている人の方が依存症になりやすく、回復しにくいとの調査結果があるそうです。それは、薬物依存症患者の55%に精神障害があり、そのうちの9割は薬物乱用開始前から存在していることから、精神障害による心理的苦痛が背景にあることが考えられます。また、患者にとって、薬物や酒をやめることはできても、なにより難しいのは、やめ続けるということや、患者を孤立させないように地域社会が見守り、治療・支援体制を構築していく必要があるといったことをお話しいただきました。
講演後のアンケートでは、「依存してしまう背景に、快楽ではなく、苦痛の緩和を求めることが原因にあることを知り、勉強になった。」といった御意見を多く頂きました。
当研究所では、11月29日(金曜日)、一橋講堂において、「こどもと母のメンタルヘルス」と題して、第6回都医学研都民講座を開催しました。今回は、名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの心療学分野教授の尾崎紀夫先生を講師にお迎えしました。
日本では2018年に成育基本法が公布され、子どもと母の心身の健康を確保するための施策を推進することとしましたが、都の妊産婦の死亡原因に関する調査では、最大の死亡原因は自死で、うつ病等のメンタルヘルスの不調が多くの割合を占めていることがわかりました。尾崎先生からは、妊娠出産は、喜ばしいことであるものの、ホルモンの変化等が脳に影響をもたらし、育児への不安を感じているうちに、精神的に不調になり、うつ病等を発症することがあることから、妊娠出産に伴うメンタルヘルスの不調とその対処法をお話しいただきました。例えば、脳の扁桃体は不安や恐怖を感じた際に眠らないように働くものですが、育児への不安を抱くことで眠れなくなることがあるため、夜間は家族に育児を任せ、睡眠を確保することが大事であるといったお話しがありました。また、うつ病になった場合には、励ましや気晴らしといった精神的な休息の確保は難しく、かえって逆効果になることを周囲に理解してもらう必要があるとのことでした。
講演後のアンケートでは、「自分がいま妊娠中のため、出産に向けて知識を得られてよかった。」といった御意見を多く頂きました。
名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学・親と子どもの心療学分野 教授 尾崎 紀夫