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2020/07/28

DNA折り紙を用いたワクチン開発の可能性

文責:正井久雄

生体内のDNAは、ほとんど全てワトソンークリック型の右巻き二重らせん構造をとっていますが、実は、DNAは、それ以外の多様な非標準型の構造を取りうることが、これまでの核酸化学の研究から明らかになっています。これらの、“特殊な形態”を有するDNA(やRNA)は実際に細胞内にも存在し、重要な生物学的な役割を果たしていることも明らかになりつつあります。一方、このDNAの多様な形態を利用して“DNA origami(折り紙)”という技術が、2006年にCalifornia Institute of TechnologyのPaul Rothemund博士により開発されました。これは、DNAを自在に折りたたむことにより、ナノレベルで2D, 3D構造を創成する技術です。DNA origami技術は、薬の細胞へのデリバリーや分子デバイスの開発など多様な技術に応用されています。2016年には、DNA origamiを用いて、自動的に3Dのウイルス様形態をデザインして、構築することが可能になりました。このDNAナノ粒子(DNA-NP)を用いて、特異的な箇所に種々の分子を連結することが可能です。

今回、Nature Nanotechnology誌に発表された論文(https://www.nature.com/articles/s41565-020-0719-0 )では、Massachusetts Institute of Technology (MIT) などの研究者が、DNAナノ粒子に抗原分子を連結し、抗原分子の数、間隔、親和性、空間的配置、骨格の頑強性などが、B細胞の活性化に及ぼす影響を解析しました。

研究チームは、 HIV-1 エンベロープ 糖タンパク 抗原 gp120 (eOD-GT8)を抗原とし、直径が40nmの3D 二十面体構造上に抗原を種々の様式で連結したもの、あるいは、80nmの長さの、6本の二重らせんの束に抗原を種々の間隔で連結したものを作製しました(図参照)。連結は、1本鎖DNAの突起にハイブリダイズさせることにより行いました。

結果は予想外でした。5分子の抗原でB細胞受容体の活性化に十分であり、抗原間の距離も25-30nmがベストであることがわかりました。これまで、抗原の濃度は高いほど、強い活性化が得られると考えられていましたが、それは正しくないことが明らかになりました。この発見に基づき、HIVワクチンの新しいデザインを行い、現在、DNAナノ粒子-タンパク質を用い、臨床治験が行われています。

DNA origamiにより作製された、DNAナノ粒子基盤構造に連結するタンパク質やペプチドを、異なるウイルスに由来するものに替えることにより、ワクチンとして効果があるかをテストすることが可能です。実際、研究チームは、本実験で用いたHIV抗原をSARS-CoV-2ウイルス粒子の構造タンパク質に置き換えることにより、DNAナノ粒子を用いて、SARS-CoV-2ウイルスに対するワクチンの開発に向けた研究を開始しています。また、多種類の(過去から現在までの)コロナウイルスの抗原を連結することにより、パンコロナウイルスワクチン(変異を起こしても、効果に影響を受けず、すべてのコロナウイルスに対応可能なワクチン)の開発が可能となるかもしれません!

DNAナノ粒子を用いた抗原提示

図. DNAナノ粒子を用いた抗原提示

DNAを種々の形に折りたたみ、それに多様な抗原物質を連結し、B細胞の活性化を誘導することができる。抗原(黄色)の数や配置を変えることにより、どの様なアレンジが最も効果的か検討した。
(Nat Nanotechnol. 2020 Jun 29. doi: 10.1038/s41565-020-0719-0. から改変)