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2020/08/12

新型コロナウイルスの『擬態』から明らかになってきた、重症化の仕組み

文責:正井 久雄

動物が、攻撃や自衛などのために、からだの色や形などを、周囲の物や植物・動物に似せること、すなわち『擬態』という現象はよく知られています。カメレオンは最も有名です。どうやら、新型コロナウイルスも自分のタンパク質を、宿主-すなわち感染ホストの私たち人間のタンパク質に似せて作り、人間の体の中の種々の反応に入り込むことにより、私たちの生体システムを撹乱し、自分の増殖に役立てようという巧妙なシステムを持っていることがわかってきました。

8/3付のNature Medicineに発表された論文(論文1)では、11,116人の新型コロナウイルス感染患者の解析から、補体活性化と関連する加齢黄斑変性*(age-related macular degeneration)や、血液凝固関連疾患(血小板減少症や血栓症)の既往歴が重症化のリスク因子の一つであると報告しています。この論文の著者は、新型コロナウイルス感染患者において、補体システムに関与する遺伝子発現が活性化されていることを見出し、補体および血液凝固システムの過剰活性化が新型コロナウイルス感染者の重症化を引き起こす可能性があると提唱しています。

本論文の著者であるアメリカ、コロンビア大学の研究グループは、それまでの研究から、コロナウイルスが産生するタンパク質に構造的に類似する140種類のヒトタンパク質を発見し、その中に補体システムのタンパク質も含まれることを見出していました(論文2)。

獲得免疫反応で産生される抗体は、抗原と結合することにより補体を活性化させることが知られています。抗体がその抗原である細菌に結合すると血液中に存在する補体が活性化され、その結果、最終的に補体は細菌に穴を開けて殺します。したがって、補体は抗体による免疫反応において極めて重要な役割を果たします。

著者らは、補体あるいは血液凝固経路に関与する102個の遺伝子について、遺伝相関性試験を行い、補体・血液凝固システムの重要な制御因子の遺伝子内にミスセンス変異**やeQTL***、 sQTL****を同定しました。その中で、凝固因子IIIや、加齢黄斑変性と関連する11個の変異部位を新型コロナウイルス感染患者の重症化と関連する遺伝子変化として同定しました。さらなる解析から、フィブリン凝固形成と炎症誘導に関与するα-2-macroglubulin(血液凝固の阻害因子)の5個の変異も同定されました。さらにウイルスの糖鎖抗原に結合し、その除去を促進するCOLEC11の変異も重症化と関連することが見出されました。

新型コロナウイルス感染蔓延の初期から、血液凝固と感染症状との関連は指摘されていました。これらの研究に基づき、現在凝固阻害剤を新型コロナウイルス感染症の治療薬として用いる試みがされています。

本研究の成果は、補体経路及び血液凝固経路は新型コロナウイルス感染の病状に大きな影響を与えることを強く示すとともに、重症化の指標となる遺伝マーカーに関して新規な情報を与えました。

語句説明

  • * 加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい):加齢に伴い眼の網膜にある黄斑部が変性を起こす疾患である。失明の原因となりうる。以前は老人性円板状黄斑変性症と呼んでいた。無秩序な補体活性化を伴う。
  • ** ミスセンス変異:コードするアミノ酸を変化させるような遺伝子変化。
  • *** eQTL(expression Quantitative Trait Locus):ヒトゲノムに見出されている1塩基変異(SNV)の中で近傍遺伝子等の発現量に影響を及ぼすもの。
  • **** sQTL(splicing Quantitative Trait Locus):SNVの中で、スプライシングに影響を与えるもの。