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世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


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2020/07/06

新型コロナウイルスのパンデミックと戦うための世界的な取り組み
―自然免疫系の活性化

文責:Junjiro Horiuchi
 訳:藤田 雅代

私たちの研究所を含めた多くの研究機関や研究室でCOVID-19に対抗するためのワクチンの開発が急ピッチで進められていますが、同時に新型コロナウイルスと戦うための他の戦略も模索されています。たとえば、Konstantin Chumakovらは、自然免疫を活性化することがCOVID-19の蔓延を減らすのに有効であるとの興味深い戦略を提唱しています(Science 368:6496, 1187-88)。

ヒトや動物の免疫系は大まかに獲得免疫系と自然免疫系の2つに分けられます。感染が起こった際、獲得免疫系は応答までに時間がかかりますが、特異性の高い応答を示します。獲得免疫反応の主な特徴の一つは、病原体に対する特異性の高い抗体を産生することです。新しい感染症に対抗するための戦略の多くは、獲得免疫系の活性化に焦点を当てています。これに対し、自然免疫系は、感染に対して素早く反応し、マクロファージ、単球、ナチュラルキラー細胞などの免疫系細胞が活性化され、炎症性メディエーターであるサイトカインやインターフェロンなどの産生が促進されます。自然免疫による反応も高い効果を発揮しますが、普遍的な反応であって、病原体特異的ではありません。

従来、自然免疫反応は長期的に持続せず、また自然免疫系は、免疫記憶を保持しないと考えられてきました。したがって、感染症に立ち向かう新しい仕組みを開発するために、獲得免疫系に着目した取り組みが行われてきました。しかし、様々な研究から、感染やワクチン接種によって自然免疫系も長期にわたって活性化され、他の病原体感染からも守られることが示されています。

以前より、弱毒化ウイルスの接種によって、不活化ウイルスを接種した場合よりも、他の幅広い病原体から防御されるようになることが分かっています。弱毒化ウイルスとは、宿主の中で複製されますが、病原性は弱められたウイルスのことです。一方不活化ウイルスとは、死滅しているか複製能を完全に失ったウイルスのことです。たとえば、経口ポリオワクチン(OPV)は、Albert Sabinによって開発された弱毒化ポリオウイルスワクチンです。過去の研究で、OPV接種を受けた子供たちは、他の様々なウイルス感染症にもかかりにくくなったことが示されています。OPV接種は、インフルエンザウイルスによる死亡を減少させ、単純ヘルペスウイルス感染症に対する治療効果を発揮し、さらにがん細胞を破壊する腫瘍溶解効果もみられました。このような広範囲にわたる効果は、OPV中の弱毒化ウイルスが、エピジェネティックな再プログラム化によって自然免疫を長期にわたって活性化したためと考えられます。これは訓練免疫として知られる現象で、ChumakovらはOPV接種を受けた人は、訓練免疫によってCOVID-19にもかかりにくくなるのではないかと示唆しています。

COVID-19に対するワクチンの開発は重要課題ですが、開発、大量生産、供給と行われるようになるまでには時間がかかると予想されます。それまでの間、現在利用可能で安価であり、比較的安全なOPVが、COVID-19の予防あるいは症状の改善に役立つ可能性があるかもしれません。現在、COVID-19に対するOPVの効果を検証する試験がロシアで行われており、イランでも試験が計画されています。