新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


一般向け 研究者向け

2020/07/20

COVID-19と嗅覚障害 – 臭いはどこで感じるのか?

 文責:新井 信隆
アニメ:山西 常美

COVID-19患者における嗅覚障害

COVID-19患者には、嗅覚や味覚の障害が発生することが知られています。2019年の観察コホート研究では、18人中12人(約67%)に嗅覚症状、6人(約33%)にブタノール閾値テストや匂い識別テストなどの客観的な検査において嗅覚異常が観察されました1)。鼻腔の粘膜検査では、粘膜中にSARS-CoV-2抗原を含むCD68陽性マクロファージが認められ、ウイルスによる直接的な粘膜侵襲が明らかとなっています1)。また、10個の論文の総合的な解析においても、約53%に嗅覚障害が認められました。ヨーロッパにおける12施設での合計417人中、約86%に嗅覚障害が検出されました2)。同様の解析結果は、多数の論文において報告されており、COVID-19では、どちらかというと病初期に嗅覚障害が生じることは珍しくなく、また、唯一の症状であることもある、ということなどがわかってきました。

嗅覚の通り道

さて、話を進める前に解剖学的なことを説明します。嗅覚はどのように感じるのでしょうか。まず最初に、臭いの通り道、つまり、臭いを発する外界の物質と臭いを感じる脳の中を繋ぐ通り道(経路)について説明します。その経路のどこかに障害が発生すると、結果として嗅覚障害が発生することになります。

臭いの発生源から放出されるガス状の物質、あるいは、微粒子状の物質が臭いの素です。この臭いの素は、空気とともに鼻腔(鼻の穴)に入ったり、飲食物とともに口腔(口の中)に入ることが体内へ入る第一歩となります。その物質は鼻腔を左右に分ける中隔の左右両側にある1円玉の大きさくらいの嗅上皮(嗅粘膜)にある約1,000万個の嗅神経細胞に取り込まれ、嗅神経細胞から出てゆく神経線維(軸索)は嗅粘膜から頭蓋内に入り、大脳の前のほうにある前頭葉の底面に横たわる嗅球の神経細胞に、臭いの情報を伝えます。

嗅球の神経細胞から遠心性に出る神経線維(軸索)は、大脳の底面の内側にある嗅内野や扁桃体という場所にある神経細胞に臭いの情報を投射します。そして、そうやって初めて、人は臭いや香りを感じ取ることができます。口に入った飲食物の臭いも同様な経路によって臭いを感じることができます。

嗅覚経路のアニメーション解説

嗅覚障害が生じる場所

簡単に復習しますと、鼻と口という入り口から入った臭いの原因物質は、嗅粘膜で最初にキャッチされ、 嗅粘膜にある神経細胞から頭蓋内の嗅球めがけて投射され、嗅球にある神経細胞は大脳底面内側にある臭いのゴール(嗅内皮質や扁桃体等)でこの原因物質を受け取る、ということになります。そして、それらの中継地や通り道に何らかの障害があると、臭いを感じなかったり、変な臭いとして感じるような異常症状が出てきます。自覚する場合もありますし、嗅覚検査で初めてわかることもあります。例えば、花粉症や風邪をひいて鼻がつまってしまうことや、嗅球や大脳の神経細胞に異常な蛋白質が蓄積したり、また、様々なウイルスが侵入することにより、様々な嗅覚障害が生じてくるわけです。

COVID-19嗅覚障害のメカニズムと公衆衛生的な意義

それでは、COVID-19患者においてしばしば発生する嗅覚障害はどのようなメカニズムで生じるのでしょうか? それは残念ながらまだ詳しくわかってはいませんが、鼻や口から入った新型コロナウイルスが嗅粘膜から嗅球を介して大脳の中に入り込むことにより生じることも想定されています。ただし、嗅粘膜そのものが炎症で腫れるなどして機能障害を起こすことにより嗅覚障害が起こるのであり、ウイルスは脳の中に入り込んではいないという見方もあります。いまのところ、PCR検査では鼻腔や口腔内の体液成分(鼻水や唾液など)の中に含まれる新型ウイルスのゲノム情報をキャッチするだけしかできませんので、頭蓋内の状況を病院などでのスクリーニング検査で明らかにすることはできません。

一方、CTやMRI検査等の脳形態の画像検査では、大脳白質という内部構造に顕著な病変が形成されたり(急性播種性脳脊髄症に類似する病変)3)、また、嗅球に何らかの病変を認めることが指摘されています4)。そして、COVID-19の主病変である肺炎症状に加えて、多彩な神経症状も出現することが知られてきており5)-7)、嗅覚異常はCOVID-19の重要な臨床サインとなっており、無症候性キャリアを検出するための有用な兆候として、今後一層注目されることになるでしょう8)。ただし、嗅覚異常を引き起こすウイルスは、新型コロナウイルスだけに限ったことではないことは念頭において研究を進める必要があります。


文献(ほんの一部)

  1. Open Forum Infect Dis. 2020 Jun 5;7(6): ofaa199. doi: 10.1093/ofid/ofaa199.
  2. Eur Arch Otorhinolaryngol 2020 Aug;277(8):2251-2261. doi: 10.1007/s00405-020-05965-1.
  3. Acta Neuropathol 2020 Jul;140(1):1-6. doi: 10.1007/s00401-020-02166-2.
  4. AJNR Am J Neuroradiol. 2020 Jun 25. doi: 10.3174/ajnr.A6675.
  5. Clin Neurol Neurosurg. 2020 Jul;194:105921. doi: 10.1016/j.clineuro.2020.105921.
  6. J Neurol Sci. 2020 Jul 15;414:116884. doi: 10.1016/j.jns.2020.116884.
  7. Ann Neurol. 2020 Jul;88(1):1-11. doi: 10.1002/ana.25807.
  8. Otolaryngol Head Neck Surf. 2020 Jul;163(1):12-15.