東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

HOMETopics 2014年

TOPICS 2014

2014年12月9日

英科学誌ネイチャー・ジェネティクス(Nature Genetics)のオンライン速報に田中啓二所長・蛋白質代謝研究室の佐伯泰副参事研究員らの研究成果が発表されました。

難病"クッシング病"の原因遺伝子と発症機構を解明
~細胞増殖因子の過剰作用が引き金に~

ポイント

  • クッシング病の原因遺伝子を発見
  • クッシング病の発症の分子機構を解明
  • クッシング病の治療薬開発に向けた分子標的を提唱

東京工業大学大学院生命理工学研究科の駒田雅之教授、東京都医学総合研究所の田中啓二所長、Medizinische Klinik und Poliklinik IV研究所(ドイツ)のマーティン・レインケ所長らの共同研究グループは、クッシング病を引き起こす脳下垂体腫瘍の原因遺伝子を世界で初めて発見し、その遺伝子(脱ユビキチン化酵素USP8)の変異がクッシング病を引き起こす分子機構を解明した。 クッシング病は厚生労働省の特定疾患および難治性疾患克服研究事業に指定された難病であり、その発症機構はこれまで未解明であった。 本研究は、脳下垂体腫瘍の切除以外に有効な治療法のなかったクッシング病の治療薬開発に向け、大きな一歩となることが期待される。

成果は12月8日18時(英国時間)に英科学誌ネイチャー・ジェネティクス(Nature Genetics)のオンライン速報に掲載された。

1.研究の背景

クッシング病は、脳下垂体*1の副腎皮質刺激ホルモンACTH*2を産生する細胞の腫瘍により引き起こされる。 ACTHは副腎からの糖質コルチコイド*3の分泌を促進するペプチドホルモンであるため、クッシング病の患者では脳下垂体の腫瘍細胞から過剰に分泌されたACTHが副腎からの糖質コルチコイドの過剰分泌を誘導し、満月様顔貌・中心性肥満・糖尿病・高血圧・骨粗しょう症などの合併症を引き起こす(図1)。 クッシング病は治療しないと死に至ることもある病であるが有効な治療薬がなく、完治のための唯一の治療法は脳下垂体腫瘍の外科的切除である。 しかし、この手術は鼻腔や上歯茎から脳直下に内視鏡を挿入して行う高度な技術を要するものであり、患者にとって特効薬の開発が待ち望まれている。

図1

2.研究の経緯

細胞増殖因子は、細胞表面の受容体タンパク質に結合して受容体を活性化し、様々な細胞応答を誘導する一群の分泌タンパク質である。 活性化された受容体は様々なシグナル伝達経路を活性化することで細胞分裂や遺伝子発現などを引き起こす。 同時に、活性化された受容体はすみやかに細胞内に取り込まれ、リソソーム*4に運ばれて分解される。 これは、活性化受容体が過度に働くことで細胞の過剰応答を引き起こす(例えば、細胞の過増殖は癌などの腫瘍につながる)ことを防ぐ仕組みである。 この時、活性化受容体にはユビキチン*5というタンパク質が共有結合し、これが何百種類と存在する細胞膜タンパク質の中から活性化受容体だけを選別してリソソームに運ぶための荷札となる(図2A)。 駒田教授らは、脱ユビキチン化酵素*6であるUSP8が活性化された増殖因子受容体からユビキチン(リソソーム行きの荷札)を外して受容体の分解を抑制すること、すなわち活性化受容体の分解(=活性化受容体から発信されるシグナル量)は受容体のユビキチン化と脱ユビキチン化のバランスによって調節されていることを解明してきた(図2B)。

図2

3.研究の成果

クッシング病患者から摘出した脳下垂体腫瘍の網羅的ゲノム解析を行った結果、患者17人中6人(35%)の腫瘍組織においてUSP8タンパク質の14-3-3タンパク質*7に結合する6アミノ酸配列Arg-Ser-X-Ser-X-Pro(X:任意のアミノ酸)に1アミノ酸の置換あるいは欠失変異が発見された。 これらの変異USP8は14-3-3タンパク質結合能を失い、14-3-3結合配列の近傍で未同定のタンパク質分解酵素による限定分解を受けやすくなっていた。 限定分解の結果生じたC末端側の酵素活性ドメイン断片は高い酵素活性を獲得し、上皮細胞増殖因子(EGF)で刺激した細胞においてユビキチン化されたEGF受容体を過度に脱ユビキチン化した。 その結果、”リソソーム行きの荷札”を外されたEGF受容体が分解されずに細胞膜上に蓄積し、EGFのシグナル伝達の下流で働くタンパク質リン酸化酵素ERKの持続的な活性化を引き起こしていた。 この過剰なEGFシグナルは、ACTH産生細胞の過増殖(腫瘍形成)とペプチドホルモンACTHの過剰な産生(遺伝子発現)のいずれか、あるいはその両方につながると考えられた(図3)。

図3

4.今後の展望

遺伝子変異によるUSP8の過剰活性化がクッシング病の原因となるという今回の発見は、USP8の働きを阻害することでクッシング病を治療することができる可能性、すなわちUSP8がクッシング病治療薬の分子標的となりうる可能性を提唱するものである。 これまで存在しなかった有効なクッシング病治療薬の開発に向け、今後USP8阻害剤の探索を加速する必要がある。 さらに今回、変異USP8が特定の部位で限定分解されて活性化されることが解明されたことから、その限定分解を阻害することでもクッシング病を治療できる可能性が示された。 そのような阻害剤の開発に向け、USP8を限定分解するプロテアーゼの同定も急務である。

【用語説明】

※1 脳下垂体:
脳の直下に位置する小指の先ほどの大きさの内分泌器官。副腎皮質刺激ホルモンACTHの他にも甲状腺刺激ホルモン、性腺刺激ホルモン、成長ホルモン、プロラクチンなど多種のホルモンを分泌する。
※2 副腎皮質刺激ホルモンACTH:
脳下垂体の特定の細胞で前駆体タンパク質プロオピオメラノコルチンとして合成され、限定分解されてACTHとなり分泌される。副腎からの糖質コルチコイドの分泌を促す。
※3 糖質コルチコイド:
副腎から分泌されるホルモン。肝臓における糖新生を亢進し、血糖値を上昇させる。
※4 リソソーム:
細胞小器官の一つ。タンパク質をはじめ様々な生体高分子を加水分解する~50種類の酵素を含む。
※5 ユビキチン:
76アミノ酸からなる小さな細胞内タンパク質。C末端のカルボキシル基を介して様々な細胞内タンパク質のリジン残基にアミド結合で付加され(ユビキチン化)、それらタンパク質の機能を多様な様式で制御する。
※6 脱ユビキチン化酵素:
ユビキチン化されたタンパク質と付加されたユビキチンの間のアミド結合を切断する加水分解酵素。
※7 14-3-3 タンパク質:
様々な細胞内タンパク質に結合し、それらタンパク質の機能を様々に制御する調節タンパク質。

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