東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2020年7月8日
認知症プロジェクトの鈴掛雅美 主任研究員、長谷川成人 参事研究員らは「野生型マウスを用いたタウ蓄積の脳内伝播モデル」について英国科学誌 Brain Communications に発表しました。

English page

野生型マウスを用いたタウ蓄積の脳内伝播モデル

<論文名>
"Dextran sulphate-induced tau assemblies cause endogenous tau aggregation and propagation in wild-type mice"
<発表雑誌>
英国科学誌「Brain Communications」
DOI : https://doi.org/10.1093/braincomms/fcaa091

研究の背景

アルツハイマー病では神経細胞内にタウタンパク質の蓄積によってできた病理構造物が観察されます。タウの細胞内蓄積はアルツハイマー病だけでなく、大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺、ピック病などでもみられる変化で、これらの神経変性疾患に共通の病理学的特徴として知られています。

アルツハイマー病においてはタウ蓄積病理の脳内分布と臨床症状に相関性が報告されており、その脳内分布の拡大(脳内伝播)は疾患の進行に深く関与していることがわかってきました。タウの脳内伝播を阻害できれば、上記疾患の進行を抑制できる可能性があります。そのためタウ蓄積の脳内伝播を再現するモデル動物が求められてきました。

研究の概要

アルツハイマー病の患者さんの多くは遺伝性ではないことから、本研究では野生型マウス(遺伝子改変していない普通のマウス)を用いてタウ伝播を再現したいと考えました。脳内で蓄積したタウタンパク質は不溶性の線維構造をとっているため、合成タウタンパク質から作ったタウ線維を用いてタウの脳内伝播を誘導できるか検討を行いました。

従来、試験管内でタウタンパク質を線維化させるには添加剤としてヘパリンが用いられてきましたが、ヘパリンを加えて作ったタウ線維(ヘパリン-タウ線維)を野生型マウス脳内に注入してもタウ蓄積病理の形成、伝播は見られないことが既に報告されています。

私たちの以前の検討から、異なる添加剤を用いると異なる構造のタウ線維ができることを見出していました。そこで添加剤としてデキストラン硫酸を用いてタウ線維を作製しました。得られたタウ線維(デキストラン-タウ線維)を電子顕微鏡顕により観察すると、ヘパリン-タウ線維に比べて短い線維が形成されていました(図1)。さらにアミロイド線維結合色素であるチオフラビンTへの結合性やグアニジン塩酸塩溶液に対する溶解性に違いが認められました。以上の結果から、デキストラン-タウ線維はヘパリン-タウ線維とは異なる線維構造を有することがわかりました。

次にデキストラン-タウ線維を野生型マウス脳内に注入し、タウ蓄積病理の形成・伝播が見られるか検討を行いました。

タウ蓄積病理についてタウのリン酸化抗体AT8を用いた免疫組織染色により検討したところ、注入から1カ月でタウ蓄積病理の形成が観察されました。また時間経過に伴って、注入部位と神経連絡をもつ部位への伝播が認められました(図2)。デキストラン-タウ線維の注入によって誘導されたタウ病理は、アルツハイマー病でみられるタウ蓄積病理と同様の染色性を有しており、チオフラビン染色、ガリアス染色(図3)、さらに様々なタウのリン酸化抗体(12E8、AT100、AT180、PHF-1、pS396、pS422)に対して陽性であることがわかりました。

以上の結果から、野生型マウス脳内にデキストラン-タウ線維を注入することによりタウ蓄積病理の形成および脳内伝播を再現するモデルマウスが確立できました。このモデルマウスはタウ伝播(すなわち疾患の進行過程)のメカニズム解明や、タウ伝播を標的とした新たな治療法開発などへの応用が期待されます。

この成果は特許第6367550号「新規タウオパチーモデルマウスの作製方法」として特許登録済です。

図1.

図1.

合成タウタンパク質に添加剤としてヘパリンあるいはデキストランを加えて作製したタウ線維の電子顕微鏡観察図。デキストラン-タウ線維はヘパリン-タウ線維に比べて短い。

図2.

図2.

デキストラン-タウ線維を野生型マウス脳内(海馬)に注入後1、3、6カ月後のタウ蓄積病理の脳内分布図。タウ蓄積病理を赤い点で示す。時間経過に伴いタウ病理の脳内伝播が観察された。

図2.

図3.

デキストラン-タウ線維を野生型マウス脳内に注入後に形成されたタウ蓄積病理の染色図。タウのリン酸化抗体(AT8)、チオフラビン染色、ガリアス染色陽性であり、アルツハイマー病脳でみられるタウ蓄積病理と同様の染色性を示した。

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