2010年7月23日

カルパインなのにNa+で活性化されるカルパイン3

― Na+依存性の活性を示す酵素として細胞内では初めての例 ―


カルパインプロジェクトは、小野弥子主席研究員を筆頭として、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命科学専攻、科学技術振興機構らとの共同研究において、筋ジストロフィーの責任遺伝子産物でもあるカルパイン3注1)(p94とも呼ばれる)というタンパク質分解酵素注2)(プロテアーゼ)が、Ca2+の他に、Na+によっても特異的に活性化されること、また、Ca2+とNa+では異なった基質特異性を示すこと、などを明らかとしました。Na+によって活性化される酵素は、細胞外のものではいくつか知られていますが、細胞内のものでは今回が初めての報告となります。この発見は、カルパイン3の生理機能に重要なヒントを与えるのみならず、筋ジストロフィーの発症機序の解明に重要な手がかりを与えるものです。

この研究成果は、7月23日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Journal of Biological Chemistry(ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー)」で発表されました(オンライン版発表は5月11日(米国東部時間))。

なお、この研究は、東京都医学研究機構プロジェクト研究費、独立行政法人科学技術振興機構CREST、文部科学省科学研究費補助金特定領域研究、基盤研究(B)、厚生労働省精神・神経疾患研究委託費、武田科学振興財団特定研究助成金を活用して行われたものです。


Ono, Y., Ojima, K., Torii, F., Takaya, E., Doi, N., Nakagawa, K., Hata, S., Abe, K., and Sorimachi, H. (2010) Skeletal muscle-specific calpain is an intracellular Na+-dependent protease.(骨格筋特異的カルパインは細胞内Na+-依存性プロテアーゼである) J. Biol. Chem., 285, 22986-22998.


研究の背景

カルパイン3(p94)は、「骨格筋特異的な発現」、「Ca2+が無い状態での強い自己分解活性」、「巨大筋弾性蛋白質コネクチンとの相互作用」、さらに「肢帯型筋ジストロフィー注3)LGMD2A(カルパイノパチーとも呼びます)の責任遺伝子産物」、という極めて興味深い性質を持つプロテアーゼです。これらのユニークな性質は、カルパイン3の生理機能を反映するものと考えられ、即ち、カルパイノパチーの発症機序と深く関係すると考えられます。下図のように、カルパイン3は組織普遍的なカルパイン1及び2(コンベンショナルカルパインと呼ばれます)と同様に、プロテアーゼドメイン、Ca2+結合性C2ドメイン様ドメイン、及び5つのCa2+結合性EF-ハンドモチーフを持つドメイン(PEFドメイン)を持ちます。 さらに、IS1とIS2という領域が挿入されており、これらがカルパイン3に上記の特異的な性質を付与していると考えられます。

そこで今回、「Ca2+が無い状態での強い自己分解活性」について解析した結果、カルパイン3はカルパイン(Ca2+依存的に活性化されるプロテアーゼ)にも関わらず、Na+によっても活性化を受けることを明らかとしました。Na+濃度は、細胞外では145 mM程度ですが、細胞内では15 mM前後に抑えられており、これまで細胞内でNa+によって活性化される酵素は見つかっていませんでした。カルパイン3はその初めての例となります。本研究では、このNa+依存的なカルパイン3の活性について詳しく解析しました。


 

研究成果の概要

 

研究成果の意義

筋ジストロフィーであるカルパイノパチーの患者さんには、これまでにカルパイン3の分子全体に広がる、非常に多種類のミスセンス変異が見つかっており、この理由は不明でした。今回、カルパイン3のNa+依存性には、IS1, IS2, ドメインIIIなど、分子の広範にわたる部分が必要であることが明らかとなり、この理由を一部説明できるようになりました。即ち、カルパイン3は多くのアミノ酸残基の分子間相互作用により、高度な活性を実現しており、これらの変異はカルパイン3の活性を容易に損なってしまう、と言うことです。

一方、Na+とCa2+は、実はイオン半径がほとんど同じ(1.14Åと1.16Å)であり、わずかな構造変化によりCa2+結合サイトはNa+結合サイトに変化しうることも知られています。今回の結果は、今までCa2+依存性酵素と思われてきた細胞内酵素のいくつかは、実はNa+にも依存性が存在する可能性を示しており、細胞内シグナル伝達の概念を大きく変える可能性を秘めているかもしれません。

 

用語解説

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