2010年8月2日

筋細胞の中を動き回るカルパイン3 ― 筋ジストロフィー発症メカニズムの一端の解明


カルパインプロジェクトは、尾嶋孝一特別研究員(現所属:(独)畜産草地研究所)を筆頭として、神戸大学、東京大学、 JST、理化学研究所、首都大学東京、マンハイム大学、アリゾナ大学、国立国際医療研究センター研究所などとの共同研究において、筋特異的に発現するタンパク質分解酵素注1)であるカルパイン3注2)の 活性不全により、運動ストレスに対する筋肉の防御反応が機能せず、筋ジストロフィーが発症してしまうことを初めて明らかにしました。筋ジストロフィーは、東京都で難病指定(都 74)されており、まだ決定的な治療法が見つかっていない重篤な疾患ですが、この発症機序や治療・予防法を考える上で重要な手がかりを与えるものです。

この研究成果は8月2日(米国東部時間)の米国科学雑誌「Journal of Clinical Investigation(ジャーナルオブクリニカルインベスティゲーション)」に掲載されました(オンライン版発表は7月1日(米国東部時間))。

なお、この研究は、東京都医学研究機構プロジェクト研究費、独立行政法人科学技術振興機構CREST、文部科学省科学研究費補助金特定領域研究、基盤研究(B)、厚生労働省精神・神経疾患研究委託費、武田科学振興財団特定研究助成金を活用して行われたものです。

また、下記のメディアで紹介して頂きました。
都政新報7月9日第5629号1面朝日新聞7月16日朝刊27面
福祉保健局ミニ通信292号7月15日2頁


Ojima, K., Kawabata, Y., Nakao, H., Nakao,K., Doi, N., Kitamura, F., Ono, Y., Hata, S., Suzuki, H., Kawahara, H., Bogomolovas, J., Witt, C., Ottenheijm, C., Labeit, S., Granzier, H., Toyama-Sorimachi, N., Sorimachi, M., Suzuki, K., Maeda, T., Abe, K., Aiba, A., and Sorimachi, H. (2010) Dynamic distribution of muscle-specific calpain in mice has a key role in physical-stress adaptation and is impaired in muscular dystrophy.(物理的ストレス及び筋ジストロフィー状態での筋肉特異的カルパインの動的局在変化の生理的意義のマウスでの解析) J. Clin. Invest., 120, 2672–2683.


研究の背景
 

筋ジストロフィーは筋肉の変性・壊死が年齢と共に進行する遺伝性の難病です。

その一つの肢帯型筋ジストロフィー注3)の中で世界的に40%前後を占めるのが2A型(LGMD2A、カルパイン不全が原因のため「カルパイノパチー」とも呼びます)です。LGMD2Aは筋特異的に発現するタンパク質分解酵素である「カルパイン3」の遺伝子変異が原因で発症しますが、その発症機序は不明でした。

私たちは分解活性を持たないカルパイン3を発現する遺伝子改変マウスを作出・解析することで、その解明を目指し、その結果、筋の運動ストレスに対する防御応答がカルパイン3の分解活性不全のため正常に機能せず、LGMD2Aが発症することを示しました。

研究成果の概要
図1

 以上よりMARP2やHSPを介した運動に対する筋肉の正常な防御反応のためには、カルパイン3のタンパク質分解活性が必須であり、活性がない場合は筋肉が変性・壊死してジストロフィー症状が重篤化することが示されました(図3)

図3

 

研究成果の意義
 カルパイン3の遺伝子変異が筋ジストロフィーを発症することは見出されていましたが、その発症機序は15年間全く不明でした。

 今回、カルパイン3が筋肉細胞中を動き回ってその状態を監視していること、カルパイン3のプロテアーゼとしての活性不全でMARP2やHSPの誘導が不 全になることなどを明らかにすることができ、まだ決定的な治療法が見つかっていない筋ジストロフィーの発症機序や治療・予防法を考える上で重要な手がかり を与えると考えられます。

 

用語解説

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