2014年12月23日

筋肉を守るカルパイン3は分解してもまた合体して機能する

― カルパイン3が筋ジストロフィーを防ぐための新奇なメカニズムを発見 ―
筋ジストロフィーの新たな治療法の可能性

カルパインプロジェクトの小野弥子主席研究員を筆頭として、基盤技術研究センター、米アリゾナ大学との共同研究で、筋ジストロフィーの責任遺伝子産物であるカルパイン3が通常時に病気を防止している新奇な分子メカニズムを明らかにしました。
カルパイン3は動物の筋肉(骨格筋)に発現するカルパイン注1)で、タンパク質を切断する酵素(プロテアーゼ)です。筋肉の疾患である筋ジストロフィー注2)の一種は、カルパイン3の遺伝子変異によって、この酵素の活性(タンパク質を切断するという働き)が不全となるために発症します。本研究では「正常なカルパイン3の働き」を明らかにするため、筋ジストロフィーの症状とカルパイン3遺伝子変異の関係について新たな視点から解析しました。カルパイン3は、試験管内では自己を分解する強い活性を持つ大変不安定な酵素ですが、筋肉中では2つの断片に切断され、いったん活性を失った後、再び会合して活性を回復して機能しうることを発見しました。このようなプロテアーゼの性質は、ウイルス以外の生物では初めての報告です。つまり、カルパイン3が一見とても不安定なことは、筋肉の中でうまく働くために必要な性質であり、これが「筋ジストロフィーを発症しない状態」の維持に寄与すると考えられました。この性質の発見により、筋ジストロフィーの治療法として全く新しい可能性を示すことができました。


この研究成果は、米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」の12月15日正午(米国東部時間)付オンライン版で発表され、さらに12月23日(米国東部時間)発行の「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」誌に掲載されました。


なお、この研究は、東京都医学総合研究所プロジェクト研究費、文部科学省科学研究費補助金若手研究(B)・基盤研究(A)、東レ科学技術研究助成、武田科学振興財団特定研究助成金を活用して行われたものです。


Ono Y, Shindo M, Doi N, Kitamura F, Gregorio CC, Sorimachi H. (2014) The N- and C-terminal autolytic fragments of CAPN3/p94/calpain-3 restore proteolytic activity by intermolecular complementation.(カルパイン3のN末端およびC末端自己消化化断片は分子間相補によりプロテアーゼ活性を回復する)Proc Natl Acad Sci USA, 111, E5527-5536.


研究の背景と経緯

筋肉(骨格筋)は私たちの身体の中で最大の器官であり、自由な動作を実現しているだけでなく、形態維持、体温維持、血糖値調節、飢餓時の栄養源など幅広い働きにより、私たちの生命維持に欠くべからざるものとなっています。その八面六臂の活躍故に、筋肉は絶えず多くのストレスに曝されており、多数のタンパク質が協働して筋肉をストレスから守っています。カルパイン3もその一つで、筋肉がいつも健康でいられるようにストレスの見張り役となり様々な調節を行っています。そのため、カルパイン3の遺伝子に変異が生じるなどしてカルパイン3の働きが不全となると、筋肉が徐々に萎縮、壊死していってしまう「筋ジストロフィー」という病気になってしまいます。カルパイン3は他のタンパク質を切断することでそれらの新しい機能を引き出す、調節的なタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)です。試験管の中では自分で自分を切断してしまい、5分程度でバラバラになってしまうとても不安定な酵素で、これまで、このような不安定な酵素がどのように筋肉を守ることができるのか、詳しい分子メカニズムは不明でした。

そこで、カルパイン3がなぜ自分自身を分解してしまうのか、それが筋肉を守るために、どのような意味を持っているのか、といった点について、様々な生化学的実験によって詳しく調べることにしました。その結果、カルパイン3は自身を速やかに切断して、その活性(他のタンパク質を切断する、という酵素の働き)を失ってしまうのですが、その後、切断された断片同士が再び会合して組み合わさり、合体ロボのように新たな活性を持つ酵素として働く、という驚くべき事実が判明しました。このようなプロテアーゼの性質は、ごく一部のウイルスで知られていますが、動物を含めた全ての生物(ウイルスは含まない)において初めての例です。

研究成果の概要

今後の展望

本研究から、カルパイン3が大変不安定な酵素であることに、大きな意味の有ることが示唆されました。同時に、カルパイン3の遺伝子に変異があり、活性が失われたために筋ジストロフィーとなっている場合に、2つの断片のうちどちらか適当な方を発現すれば、活性を回復できる可能性が示されました。これは、カルパイン3遺伝子の変異で筋ジストロフィーとなっている場合の新たな治療法の可能性を示唆するものです。カルパイン3が強いプロテアーゼのため、活性のある(野生型の)カルパイン3を発現させるような遺伝子治療は、リスクを伴うことが示されています。2つの断片は、それ自体は全くプロテアーゼの活性を持たないため、安全に用いることができると考えられます。実際の治療までにはまだまだ多くの研究が必要ですが、今まで全く考えられていなかった可能性を示す事ができたことは、大きな意味が有ると考えられます。


 

用語解説

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