研究内容紹介

1. エンテロウイルスの病原性に関する研究

ピコルナウイルス科エンテロウイルス属に分類されるウイルスにはポリオウイルス、コクサッキ−ウイルス、その他のエンテロウイルスなどがある。エンテロウイルス属は一般的に消化管で増殖し、糞口感染によって伝播する。腸管でも増殖を繰り返す過程では、重篤な病気を起こさないが、一部のウイルスは稀に他の組織への感染が広がり重篤化することがある。神経組織へ感染が広がり小児麻痺を引き起こすポリオウイルスはその典型的な例である。ポリオウイルスは主に脊髄前角の運動神経細胞などを標的として感染し、増殖により細胞が死滅し四肢のマヒを生ずる。ポリオウイルスに関しては1950年代に優秀な2種類のワクチンが開発され、ワクチンの投与により小児麻痺の発症は激減したが、神経系への感染の拡大がなぜ起こってしまうのかなどの基本的な原理は解明されていない。

近年、ポリオウイルスの近縁に相当するエンテロウイルス71(EV71)の流行が起こり、神経病原性の強いウイルスとして大きな問題となってきている。EV71は近縁のコクサッキ−ウイルスA16 (CVA16) などとともに通常手、足,口に発疹を生ずる手足口病の原因となるウイルスであるが、EV71は中枢神経合併症を伴うことがある。1970年代後半に東ヨーロッパでEV71の流行があり、無菌性髄膜炎、急性脳炎、急性脊髄炎、ポリオ様マヒなどの中枢神経合併症が見ら、年間数十人規模の死亡例がでた.その後1990年代後半からマレーシア、台湾、中国などの東アジア地域でEV71の大規模な流行が起こり、特に中国では2009-2011年の間に2,000人弱の乳幼児の死亡が報告されている。

このEV71に対しては有効なワクチンや抗ウイルス薬は開発されておらず、大きな流行に対して有効な対策はない。ワクチンや抗ウイルス薬を開発することは重要な課題であるが、そのためには不足しているこのウイルスの感染に関する基礎的な理解が必要である。我々はまずウイルス感染の初期過程に特に着目し、EV71が細胞に侵入する際に結合するウイルス受容体の同定を行い、Scavenger receptor B2(SCARB2)がこのウイルスの受容体であることを明らかにした。さらにウイルスと受容体の詳細な相互作用を明らかにすることによりウイルス感染を阻止する方法の開発へつなげることを目標としている。また、EV71の受容体はEV71の宿主域を決定する最も主要な因子である。そこで我々はヒトのSCARB2遺伝子をマウスに導入し、ヒトSCARB2を発現する遺伝子改変マウスの開発を行っている。このような小動物モデルを使用することにより、ウイルスがなぜ神経細胞特に運動神経細胞を標的として感染するのか、どのような場合に中枢神経系へウイルスが到達してしまうのかなど、ウイルスの病原性発現に至る詳細なメカニズムが明らかになると期待でき、さらにワクチンや抗ウイルス薬の有効性を判定するなどの目的に利用することも可能である。

また最近は、手足口病の患者から分離したウイルスの病原性を遺伝子改変マウスを用いて評価することで、EV71の重症化に関わる遺伝子配列の特定を行い、流行予測や治療薬の開発につながる研究を進めている。

2. CVA6の病原性に関する研究

2011年以降一年おきに手足口病の大きな流行が日本国内で発生しているが、この原因ウイルスはコクサッキーウイルスA6(CVA6)である。CVA6に関する国内外の研究から、大きな流行が発生するようになった原因は、CVA6の変異によるものと考えられている。

CVA6の変異によって患者数が増大しただけではなく、手足口病の病態も変化している。CVA6はもともと、ヘルパンギーナと呼ばれる口腔内に発疹を伴う比較的軽度の病気を引き起こすことが多かったが、2011年以降非定型手足口病と呼ばれる、手、足、口以外に体幹部の発疹や、爪の変形や脱落を引き起こすように変化した。私たちの研究室では、CVA6の病原性が変化した原因を明らかにし、治療や予防につながる研究を進めている。

3. 手足口病ワクチンの開発

日本で発生する手足口病の大部分はEV71, CVA16, CVA6を原因としている。これら3種類のウイルスに対する日本初のワクチンを開発し、実用化することを目指して研究を行っている。

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