2017年5月4日
英国科学誌 「Scientific Reports」 on-line版に細川雅人主席研究員らが 「グラニュリン遺伝子変異を伴う家族性前頭側頭葉変性症における神経変性疾患関連タンパクの重複蓄積」 について発表しました。
(公財)東京都医学総合研究所・認知症プロジェクトの細川雅人 主席研究員、長谷川成人 参事研究員らは、グラニュリン遺伝子変異をもつ前頭側頭葉変性症の患者脳には、従来蓄積しないとされていたタウやα-シヌクレインが蓄積していることを明らかにしました。グラニュリン遺伝子変異脳に蓄積するタンパクの定義を見直す発見となりました。
本研究は 「大和証券ヘルス財団第42回調査研究助成」 の支援を受け、筑波大学、Banner Sun Health Research Institute(米国)およびUniversity of Manchester(英国)との共同研究によりおこなわれました。
本研究成果は、2017年5月4日に英国科学誌 「Scientific Reports」 on-line版に掲載されました。
https://www.nature.com/articles/s41598-017-01587-6
英国科学誌 「Scientific Reports」
細川雅人、近藤ひろみ、Geidy E Serrano、Thomas G Beach、Andrew C Robinson、David M Mann、秋山治彦、長谷川成人、新井哲明
Accumulation of multiple neurodegenerative disease-related proteins in familial frontotemporal lobar degeneration associated with granulin mutation.
(グラニュリン遺伝子変異を伴う家族性前頭側頭葉変性症における神経変性疾患関連タンパクの重複蓄積)
認知症の一種である、TDP-43(*1)蓄積を伴う前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD) (*2)の原因遺伝子として、グラニュリン(granulin: GRN)遺伝子変異が2006年に同定されました。その際、GRN遺伝子変異を持つFTLD患者脳ではTDP-43の凝集体は観察されましたが、タウの蓄積がみられなかったことから、GRN遺伝子変異FTLDに蓄積する異常タンパクはTDP-43(+)/タウ(-)と定義されました。その後、アルツハイマー病や皮質基底核変性症などのタウオパチー(*3)例からもGRN遺伝子変異が多数発見されたことから、GRN変異がタウに対して何らかの影響を及ぼしていると推測されました。我々は、マウスを用いた動物実験により、GRN遺伝子変異がタウの蓄積に関与することを報告していました(Hosokawa M et al, Journal of Neuropathology and Experimental Neurology 74: 158-165, 2015)。しかし、ヒトのGRN変異FTLD患者脳では、蓄積する異常タンパクが最初にTDP-43(+)/タウ(-)と定義されたため、TDP-43以外の異常タンパク蓄積が起こっているかについてはほとんど調べられていませんでした。
英米のブレインバンクから供与されたヒトGRN変異FTLD患者脳を用いて高感度の免疫組織化学染色をおこなったところ、リン酸化タウ(参考図1)やリン酸化α-シヌクレイン(参考図2)など、TDP-43以外の異常タンパク蓄積も同時に起こっていることがわかりました。生化学的解析でもリン酸化タウとリン酸化α-シヌクレインの蓄積が確認されました。GRN変異FTLD患者脳に蓄積するタウのアイソフォーム(*4)はアルツハイマー型認知症と類似していることもわかりました。
<なぜこれまでこの事実が見逃されてきたか>
世界中のほとんどの研究所・ブレインバンクでは、脳をホルマリンで固定後、パラフィンに包埋してから切片を作製し、組織染色をおこなっています。我々が今回使用した脳サンプルは、脳をホルマリンで固定後、シュークロース液中で保管します。その後炭酸ガスで凍結させてから薄切した切片を用いて組織染色をおこないました。シュークロース保管の脳の方が、より「生」の脳に近く、パラフィン切片より抗原性が保たれていたことが今回の発見につながったと考えられました。この方法で脳を固定・保管している研究所・ブレインバンクは、我々やBanner Sun Health Research Instituteを含め、世界で数カ所しかありません。
GRN変異FTLDはTDP-43のみが脳内に蓄積するTDP-43プロテイノパチーと位置づけられていましたが、今回の発見により、GRN変異FTLDはTDP-43、タウ、α-シヌクレインが蓄積するマルチプル・プロテイノパチーと定義し直したほうが良いと提唱しました。
(A) 神経細胞に蓄積するリン酸化タウ。 (B) 神経突起内に蓄積する顆粒状のリン酸化タウ。
(C) オリゴデンドロサイトに蓄積するリン酸化タウ。 (D) アストロサイトに蓄積するリン酸化タウ。
(A, B) 側頭葉皮質に蓄積するリン酸化α-シヌクレイン
認知症の患者脳において細胞内に蓄積したタンパクは、リン酸化、断片化、ユビキチン化を受けている点や、凝集し線維を形成している点など共通の性質を有しており、異常タンパク質の蓄積過程において、何らかの共通メカニズムが存在する可能性があると推察されます。従って、すべての疾患に共通した治療法を開発できる可能性があると考えられます。異常タンパクの重複蓄積という観点から認知症の病態発症機構を見直す契機となり、根本治療法の開発の促進に結びつくことが期待されます。
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