講義名:ゲノムDNA複製制御のメカニズムから明らかになってきたゲノム機能制御の新原理、および疾患解明、新しい治療戦略への応用

主題と目標

ゲノムの安定な維持継代は細胞の増殖と生存にとって必須である。特にDNA複製の正確な進行と完了は生物の生命維持の根幹にかかわる問題である。この過程の異常は、がん、神経性疾患など多くの疾患の原因、また老化にも関連する。本講義では、大腸菌、分裂酵母、動物細胞さらに変異マウスをモデルとして用いた、ゲノム複製制御、その障害に対する細胞応答の分子機構の基本を分かりやすく説明し、ゲノムのキャリアである染色体の核内での高次構築、配置がゲノム機能発現をどのように制御するかを考察する。また、最近注目を集めているグアニン4重鎖DNAなど いわゆるワトソン=クリックタイプのB型二重らせん構造とは異なる形態をした核酸構造の生物学的意義、疾患との関連について議論する。さらに、研究成果に基づいた、新しい制がん戦略・創薬の開発について論じる。また、生物の最も根幹をなすDNA複製システムの起源と進化についても討議したい。

学生へのメッセージ

講義では、生物の最も基本的な機能であるDNA複製のメカニズムの研究を基盤に、最近の知見がもたらした、複製機構の普遍性と多様性、さらに、核酸の「形」が指令するゲノム制御シグナル、さらにそれらと疾患の関連と創薬への応用について議論します。皆さんもいろいろな生物を研究されているとおもいますが、DNA複製が生物種によりどのように多様であるのか、その制御が、生物の種々の機能にどのような関与している可能性があるか 講義の内容を聞きならが、是非考えてみてください。

講師の所属する東京都医学総合研究所は、世田谷区上北沢にありますが(https://www.igakuken.or.jp/home/access.html)、基礎研究と臨床研究、社会医学研究が連携し、タンパク質代謝、ゲノム制御、記憶、神経系・脳機能制御など生物学の諸問題の分子基盤解明を行うとともに、認知症、統合失調症、パーキンソン病、視聴覚疾患、睡眠関連疾患、感染症など種々の疾患の解明と治療法の開発、病気の社会的基盤の解明および看護ケアシステムの開発など、多様なアプローチで、高齢化・ストレス社会における人間の健康維持、健康長寿を実現するための研究を行っています。

研究所、あるいは研究の内容に興味のあるかたは、是非見学にきてください。連絡をいただけたら、研究所の、ほかの先生を紹介することも可能ですので遠慮なくご相談ください。

なお、連携大学院・研究所説明会を平成31年5月19日(日)に開催しますので、興味のあるかたは御越しください。なお、連携大学院については、HPでご覧ください(https://www.igakuken.or.jp/affiliation/affiliation.html)

授業計画

1回目. 細胞がふえるしくみ:シグナル伝達、細胞周期、染色体ダイナミクス制御の基本

細胞は外界の環境に応答して、その増殖や分化が制御される。この過程はシグナル伝達と呼ばれる。シグナル伝達機構は細胞の遺伝子発現のプログラムを制御するとともに、細胞周期進行の制御を通じて細胞の増殖プログラムを指令する。細胞周期はDNA合成期と細胞分裂期を交互に繰り返すが、シグナル伝達から複製、細胞分裂へと誘導する分子機構の概要を説明する。その過程で染色体は複製、組換え、分配などの過程を経て大きく変動する。細胞周期進行における、これらの染色体のダイナミックな変化とその制御についても基本を説明する。

2回目.  正常細胞とがん細胞を区別するもの:ゲノムの安定性維持機構とその破綻

増殖シグナル伝達、細胞周期は厳密に制御される。その破綻はただちに、細胞の異常増殖、種々の染色体異常などを引き起こし、がんなどの疾患あるいは老化の原因となる。本講義では、私達の研究室で行われている、大腸菌、酵母、動物細胞(正常細胞、がん細胞、胚性幹細胞)、個体を用いた染色体DNA複製制御機構および染色体の安定性維持機構の解析についての最新の研究成果を説明し、その分子機構に基づき、これらの過程が発生や分化の過程とどのように関連するか、またその異常がどのように種々の疾患を引き起こすか、正常細胞とがん細胞の増殖戦略の違い、更に、研究成果に基づき、新たな制がん戦略・創薬の開発の可能性について論じる。

3回目. 染色体複製の普遍的メカニズム:その起源と進化

本講義では、大腸菌、分裂酵母、動物細胞さらに変異マウスなど多様なモデル生物を用いた私達の研究から導かれた、原核細胞からヒトまで保存された染色体複製の普遍的メカニズムを解説する。特にゲノムのキャリアである染色体のB型らせん構造以外の特殊DNA構造、核内での高次構築、配置が染色体複製やゲノム機能発現をどのように制御するかについての新知見を紹介する。最後に、我々の最新の成果に基づきDNA複製の起源と進化についても議論する。

4回目. ゲノムの新原理の発見を目指して:細胞の増殖、運命を決定する染色体ダイナミクスの制御機構

長大な染色体の複製は、厳密な時間的空間的プログラムに従って秩序正しく進行する。この過程は、核内染色体高次構造の制御と密接に関連し、転写、組換え、修復などの染色体ダイナミクスとも連動する。本講義では、ゲノムワイドの染色体複製開始・進行の時空間制御機構の最新のメカニズムを解説し、さらに、 これらの研究から、B型右巻き二重らせん構造以外の非標準型DNA構造が規定する、新しいゲノム情報が明らかとなってきた。ゲノムの新原理の解明に挑む私たちの研究を紹介する。

講義後討議課題

今回の講義を聴講したあと、その中で重要な課題である、「DNA複製の普遍的なメカニズムとその起源と進化」あるいは「B型右巻き二重らせんとは異なる形態をもつ核酸構造(左巻き、3重鎖、4重鎖、RNA-DNAハイブリッドなど)が、多様な生物のゲノムの構造、維持、機能発現にどのような役割を担うかについて自由に討議する。また、最近注目を集めている、細胞内相転移(Liquid Droplet形成)が、核内の核酸の形態制御、染色体コンパートメントの形成に関与する可能性に関しても討議したい。