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未来を話そう!
プロジェクト研究の紹介
視覚病態プロジェクト
緑内障の発症メカニズムを解明し、新たな治療法の開発へとつなげたい

日本における失明の最大の原因となっている緑内障。
40歳ごろから患者が増え始め、40歳以上で20人に1人、70歳以上では10人に1人ともいわれます。超高齢化社会を迎え、患者数の増加が予想されますが、緑内障がなぜ起こるのか、その詳細はよくわかっていません。私たちのプロジェクトでは、謎が多い緑内障の発症メカニズムについて、さまざまな角度から研究を行っています。
視覚病態プロジェクト
原田 高幸 プロジェクトリーダーが解説します。
Takayuki HARADA
Project Leader

視覚病態プロジェクト
原田 高幸 プロジェクトリーダーが解説します。
Takayuki HARADA
Project Leader
どんなことに役立つの?
緑内障の治療は、眼圧を下げる点眼薬や、レーザー治療、手術などで進行を抑えることが中心です。
しかし、日本人に多くみられるのは眼圧が上昇しない「正常眼圧緑内障」です。
緑内障の発症につながる眼圧以外の要因が解明されることで、新しいアプローチの治療法や薬の開発が期待できます。
さらに、損傷した視神経の再生を促進する手法も探っています。

緑内障について
日本人は「正常眼圧緑内障」の患者が圧倒的多数!
—— 緑内障とは、どんな病気なのですか?
原田アルツハイマー病やパーキンソン病は脳の神経が変性して起こる病気ですが、同じように緑内障も老化に伴い視神経や網膜が変性する神経変性疾患です。目の中では房水という液体が循環して目の圧力を保っていますが、房水がうまく排泄されないことなどが原因で眼圧が高くなると神経が障害され、緑内障を発症します。治療は目薬などで眼圧を下げ、進行を遅らせることを第一とします。

—— 眼圧が低い人は緑内障になる心配はないですか?
原田日本人の場合、眼圧は正常範囲なのに緑内障になってしまう「正常眼圧緑内障」が全体の7割を占めています。つまり、眼圧が高いこと以外に原因があるということ。40歳を過ぎると患者さんが増えることから「目の成人病」ともいえ、動脈硬化などとも関係していると考えられます。私たちのプロジェクトでは、眼圧以外の緑内障の原因を探り、新たな治療法の開発を目指しています。
発症のメカニズム
眼に必要不可欠なグルタミン酸も、濃度が増すと危険物質に!
—— 眼圧以外の緑内障の原因は見つかっているのでしょうか?
原田 2007年に世界で初めて正常眼圧緑内障のモデルマウスを私たちが作ることに成功し、正常眼圧緑内障の研究の幅が一気に広がりました。網膜には光の情報を脳に伝えるために必要不可欠な神経伝達物質・グルタミン酸がありますが、グルタミン酸の濃度が高くなりすぎると、逆に毒性が出て周囲の神経細胞を死なせてしまいます。通常は余分なグルタミン酸を排除するグルタミン酸輸送体が働き、増えすぎないように制御しているのですが、加齢などによりグルタミン酸輸送体が減ったり、機能異常があると、正常眼圧緑内障を発症すると考えられます。

—— 緑内障の治療や予防についてはいかがでしょうか?
原田モデルマウスを使った実験では、Dock3というタンパク質がグルタミン酸受容体NR2Bと結合すると、神経細胞死が抑制されることがわかりました。我々のプロジェクトでは、すでにDock3を用いた遺伝子治療研究を開始しており、治療効果を詳しく検討していきたいと考えています。
さらに別の研究では、カロリー制限によって網膜神経細胞死が抑制されることが明らかになりました。抗酸化作用のある遺伝子の発現量が上昇するなど、さまざまな要因が作用していると考えられます。毎日の食事でカロリーを30%制限することは、よく知られているように長寿や生活習慣病の予防になるだけでなく、緑内障の進行を抑えることにもつながる可能性があるのです。
未来への展望
緑内障治療の新たな道へ、そして視神経の再生まで
—— 緑内障の新しい薬が開発される可能性はあるのでしょうか?
原田私は眼科医で今も臨床の現場に出ているので、「簡単にできることはないか?」という発想でまず考えます。しかし、新薬の開発は多大な時間と費用が必要です。そこで最近世界的に注目されているのが、他の病気で広く使われている既存薬を再活用する方法です。たとえば、抗てんかん薬や血圧を下げる薬が、緑内障治療薬としても有効なのではないかという研究も進めています。将来的には、これまでの研究の成果が生かされた、神経保護作用のある新しい薬ができることを期待しています。
—— 失明してしまった人への治療法は?
原田視神経の再生メカニズムを解明することも私たちのプロジェクトの大きなテーマです。事故などで損傷を受けて変性が始まった視神経細胞の先端部にDock3を入れると、視神経が再び伸びていくことをマウスによる実験で確認しています。ただ、眼球の裏側から脳に向かって伸びる100万本の視神経は、脳までおよそ7cmもあるので、その長さまで伸長できるかが課題となっています。
最終的には、遺伝子治療やiPS細胞などを用いた再生療法で視神経を再生し、緑内障で欠けてしまった視野を復活させることが目指すべき形だと思っています。


正常眼圧緑内障でも
眼圧を20〜30%下げる治療が有効

日本人の緑内障は全体の7割が正常眼圧緑内障です。その場合、健康診断や人間ドックで行う眼圧の検査では見つかりません。しかし、逆にいえば、3割の人は確実に見つけられます。40歳を過ぎたら、ぜひ定期的に検査を受けてください。
緑内障は網膜神経細胞が障害されることで視野が徐々に欠けていく病気ですが、片方の眼の視野の一部が欠けても、もう一方の眼で補ってしまうため、初期には自覚症状はほとんどありません。多くの場合、自分で症状に気づいた時にはかなり進行してしまっています。
現在のところ、失くした視野を取り戻す治療法はありません。しかし、正常眼圧であっても眼圧を20〜30%下げることでかなり進行を遅らせる効果があるので、早期に発見し、治療を始めることが大切です。