体内時計プロジェクト
Circadian Clock Project

研究内容 research

寿命、季節応答、概日リズム、心拍など生体内には様々な時間スケールのリズムがありますが、これら生命現象において「時」を計る実体とはなんでしょうか。私たちはこのように時間情報を持った、または時を生み出すような生命現象に着目して、その「時」を生み出す分子メカニズムの理解にチャレンジしています。私たちの研究の「問い」に共感し、一緒に研究を進めてくれるmotivativeなメンバーを随時募集しています。独立を目指すシニアポスドクには、大型予算の獲得指導や独立の後押しをします。学位取得直後でステップアップを目指すポスドクには、自分の問いを見つける重要性から論文執筆や申請書作成などテクニカルな指導をします。大学院生や学部生には、それぞれが目指す将来像に合わせて一緒に研究のペースを決定していきましょう。教授を目指す学生さんもいれば、卒業に最低限必要な指導を求める学生さんもいるでしょう。お互いが気持ちよく楽しめる範囲で一緒にサイエンスのワクワクを共有できればと思います。また、我々の実験をサポートして下さる技術員/テクニシャンや学生アルバイトも随時募集しています。興味を持ってくださった方は、まずは気軽にコンタクトを取ってくれると嬉しいです。

(1)概日時計

睡眠・覚醒やホルモン分泌、体温などには日内リズムが見られます。これら時刻依存的なイベントは、我々が腕時計を持っているから、または明暗や温度のリズムに応答して見られるだけでなく、外部の環境サイクルを完全に排除した条件においても、約24時間周期で規則的に繰り返されることが知られており、概日リズム(circadian rhythm)と呼ばれています。概日リズムはヒトや哺乳類に限らず、魚、昆虫、植物、カビ、バクテリアなど様々な生物種において観察されることから進化的に保存されたシステムであると考えられています。この概日リズムを生み出す分子メカニズムは概日時計(circadian clock)と呼ばれています。順遺伝学からリズム性が狂う変異体が次々と単離され、その原因となる遺伝子は時計遺伝子と呼ばれるようになりました。そして、時計遺伝子の転写フィードバック制御が個々の細胞の中で自律振動するというモデルが提唱され、2017年にはノーベル生理学・医学賞の受賞対象となりました。例えば哺乳類においては、転写因子CLOCKとBMAL1がDNA配列E-boxを認識して一群の遺伝子の転写を活性化します。この中には時計遺伝子Period (Per)とCryptochrome (Cry)が含まれており、転写・翻訳されたPERとCRYタンパク質は、核内に移動してCLOCK-BMAL1複合体に結合してその転写促進活性を阻害します。この負のフィードバックループが約24時間で一周すると考えられています。またE-box依存的に転写活性化される遺伝子の中には、DbpとRev-erb遺伝子があり、DBPタンパク質はDNA配列D-boxを認識して一群の遺伝子の転写を活性化する一方で、REV-ERBタンパク質はDNA配列RREを認識して一群の遺伝子の転写を抑制します。これにより、E-boxとD-boxとRREは互いに異なる時刻に活性がピークとなるため、これら3つのDNAシスエレメントとその組み合わせにより、それぞれの遺伝子は必要な時刻にだけ発現して各臓器の機能にリズム性を生み出しているのです。

この教科書にまで記述されるようになった転写フィードバックモデルは本当に正しいのでしょうか。つまり、24時間という時を生み出しているのは本当にこの転写フィードバック制御なのでしょうか?例えば、除核した緑藻において(つまり転写リズムがないはずの条件においても)明瞭な光合成リズムが継続することが知られています。さらに原核生物においては、KaiA、KaiB、KaiCという3つのタンパク質とATPを混合すると試験管内でも概日リズムが観察されます。我々は真核生物においても、転写を必要としない未知なる時計振動子が存在するのではないでしょうか。例えば、針が折れてしまった腕時計は、時刻が分からないので時計が止まったと解釈できますが、実はその内部ではクオーツが時を計り続けています。同じように、転写リズムは機能出力として時計の針の役割を担っているだけで、転写を必要としない概日時計クオーツ(circadian quartz)が「時」を生み出している可能性に着目して、その分子メカニズムの理解を目指しています。


(2)老化と寿命

項目1で説明したように、概日時計は転写ネットワーク構造を取ることにより、それぞれの臓器で数多くの遺伝子にリズム性を与えています。そのため、時計遺伝子の欠損や、不規則な生活、慢性的な時差ボケなどにより概日時計の機能が破綻すると、睡眠障害が見られるだけでなく、免疫力の低下、発ガンリスクの増大、高血圧や心機能低下、代謝異常など全身で様々な生理機能に異常が見られます。私たちは、これら時計異常による表現型が、加齢に伴って観察される「老化現象」と酷似していることに着目しています。私たちは、加齢に伴う概日時計の破綻を「時計老化(clock aging)」と定義し、加齢に伴う個体の機能低下(の一部)は時計老化によるリズム出力異常であると捉え、時計老化の実態理解を進めています。さらに、加齢に伴いなぜ時計老化が起こるのかを分子レベルで理解し、これを克服することによって究極の健康長寿が可能になると期待しています。このようなビジョンのもとで現在、時計老化年齢を定量的に評価する手法の開発にも着手し、ヒト臨床研究もスタートしています。詳細はまだHPでは公開できませんが、いろいろと面白いことがわかってきていますので、興味がある人はお声かけください。

このように老化の研究を進めると、老化を克服することにより寿命を伸ばすことができないか、と考えるようになります。古くから多くの人を魅了した不老不死への憧れです。重要な視点として、老化はほぼ全ての生物で共通に見られる現象で、背後に潜む共通のメカニズムを制御することにより、多くの生物においてその平均寿命を変化させることが報告されています。その一方で、最大寿命はこの老化の制御による平均寿命の変化の範囲を大きく超えて、生物種間で顕著に異なっています(例えば、マウス:2-3年、ヒト:80-120年、など)。この生物種によって大きく異なる最大寿命(max lifespan)の決定に関わる分子メカニズムは完全にブラックボックスです。チャレンジングな問いではありますが、この仕組みがわかったら、と考えるとワクワクしませんか?例えば、生物種間で寿命と良く比例する生命現象がいくつか報告されています。このような現象の時を生み出す分子メカニズムの理解は我々に大きなヒントを与えてくれるかもしれません。