学習記憶プロジェクト | 公益財団法人 東京都医学総合研究所 学習記憶とその障害の分子機構の解明プロジェクト 〒156-8506 東京都世田谷区上北沢2-1-6 電話:03-6834-2425 |
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研究内容の紹介(詳細ページ)(研究内容の紹介ページに戻る)NMDA受容体におけるMg2+ブロックは長期記憶に関連するCREBに依存性の遺伝子の発現誘導に必須である 文責 宮下知之/齊藤 実 はじめに イオン透過型グルタミン酸受容体のひとつNMDA受容体は、高いCa2+透過性をもち,学習記憶の基盤であるシナプスの可塑性に重要なシグナルの起点であると考えられている。 しかしシナプス後細胞が興奮していない状態ではイオン通過孔がMg2+により塞がれてCa2+は流入できない1,2)。ところがAMPA受容体などのイオン透過型受容体の活性化などによりシナプス後細胞が脱分極の状態になるとMg2+は外れCa2+が透過できるようになる。このように,NMDA受容体はMg2+ブロックを介してシナプス前細胞の活動とシナプス後細胞の活動の同期性と非同期性を判別できるため、パブロフの古典的条件付けに代表されるような連合学習を分子レベルで説明するのに都合が良いと考えられてきた(図1)。ショウジョウバエにおいてもNMDA受容体は連合学習の成立と長期記憶の形成に必要である3)。筆者らはショウジョウバエを用い、Mg2+ブロックは連合学習の成立に関与しているのか? なぜ非同期性のCa2+流入を抑制する必要があるのか? など,これまで明らかにされてこなかったMg2+ブロックの生理的役割を調べた4)。 図1 パブロフの古典的条件付けとMg2+ブロックをもとにした連合学習のモデル (a) 食べ物(無条件刺激)とベルの音(条件刺激)を用いたパブロフの古典的条件付け。 (b) 条件付けのMg2+ブロックモデル:条件付け前はMg2+ブロックがあるため、音情報のみではシナプス後神経は興奮しない。連合学習時は食べ物情報によるシナプス後細胞の興奮によりMg2+ブロックが外れているため,音情報の入力によりNMDA受容体からCa2+が流入し、Ca2+シグナル伝達系が活性化される。その結果、非NMDA型受容体が音情報の後シナプス部位に挿入され、音情報のみでシナプス後細胞が興奮し、よだれが出るようになる。 1。Mg2+ブロックを欠損したトランスジェニックショウジョウバエ Mg2+ブロックはNMDA受容体のサブユニットの第2膜貫通領域のいわゆる“Mg2+ブロック部位”にあるアスパラギン残基に依存している5,6)。このアスパラギン残基をグルタミン残基に置換するとMg2+ブロックは消失する5,7)。 ショウジョウバエNR1サブユニットのMg2+ブロック部位にあるアスパラギン残基をグルタミン残基に置換した変異体を神経系において発現するトランスジェニック(Tg)ショウジョウバエを作製した。神経細胞の初代培養系を確立し、このTgバエで発現するNMDA受容体の電気生理学的な性質を調べたところ,Mg2+ブロックの顕著な欠損が観察された。哺乳類においてはNR1サブユニットのMg2+ブロック部位に変異を導入するとMg2+ブロックの消失だけでなくCa2+透過性も減少する。しかし興味深いことに,このTgバエの発現する変異NMDA受容体ではMg2+ブロックの消失に相関したCa2+透過性の顕著な減少は観察されなかった。 2。Mg2+ブロック変異Tgバエでは長期記憶の形成が特異的に阻害される 作製されたTgバエはMg2+ブロックを特異的に欠損した変異NMDA受容体を発現していることがわかった。そこで,このMg2+ブロック変異Tgバエを用いてMg2+ブロックの生理的な役割を,匂い条件付け連合学習課題により調べた。NMDA受容体のNR1サブユニットの発現が抑制されたNR1変異体では学習、短期記憶、長期記憶が障害される。一方Mg2+ブロック変異Tgバエでは、学習や短期記憶は正常だったが、長期記憶形成が阻害されていた。 Mg2+ブロック変異Tgバエでは内因性のNMDA受容体NR1サブユニットが残存しているため正常な連合学習が成立した可能性がある。しかし, NR1変異体の学習は,Mg2+ブロックを欠失した変異NR1サブユニットの発現により回復したことから,連合学習の成立にはMg2+ブロックは関与していないことが示唆された。 3。Mg2+ブロック変異Tgバエでは長期記憶関連遺伝子の発現が阻害されている。 長期記憶の形成には長期記憶学習に応じた遺伝子発現が必要である。そこで,staufen遺伝子,homer遺伝子,activin遺伝子といった長期記憶あるいは後期長期増強の形成に必要な遺伝子の発現を長期記憶学習後調べたところ,野生型ショウジョウバエでみられるこれら遺伝子の発現上昇は, NR1変異体のみならず,Mg2+ブロック変異Tgバエでも顕著に抑制されていた。 長期記憶に関連する多くの遺伝子の発現には転写因子CREBの活性が重要な役割をはたしている8)。staufen遺伝子,homer遺伝子,activin遺伝子の発現上昇もCREBに依存性であることがわかった。以上の結果から,Mg2+ブロックは長期記憶学習に応じて長期記憶関連遺伝子がCREB依存性に発現誘導されるために必要な機構であることがわかった。 4。Mg2+ブロックは学習を行っていないときの抑制型CREBの発現上昇を抑制する 転写因子CREBには転写活性型と抑制型があり,学習を行っていない定常状態で抑制型CREBの発現が過剰に存在すると,Mg2+ブロック変異Tgバエ同様,長期記憶の形成が特異的に抑制される8)。そこで,抑制型CREBの発現を調べたところ,Mg2+ブロック変異Tgバエでは対照系統に比べ4倍近くも発現が上昇していた。さらに野生型ショウジョウバエの脳をMg2+の非存在において培養しても抑制型CREBの発現が上昇し,この発現上昇はNMDA受容体の阻害剤により抑制された。 Mg2+ブロック変異Tgバエで発現する抑制型CREBのタンパク量は長期記憶の形成を抑制するに十分なことから,Mg2+ブロック変異Tgバエでは定常状態でNMDA受容体を介したCa2+流入の抑制不全が起こり,その結果,抑制型CREBの発現が上昇して長期記憶の形成が阻害されることが示唆された。 おわりに Mg2+ブロックは、NMDA受容体がHebb型一致検出器(coincidence detector)としての機能を持つ分子基盤である。この特質は、NMDA受容体依存性に誘導されるシナプス後細胞由来の長期増強や、連合学習のシナプスの機序を説明するのにきわめて都合のよいものであった。しかし,今回の結果は,Mg2+ブロックは連合学習の成立ではなく,長期記憶を成立させるために必要であることを強く示唆した。 筆者らの結果は,NMDA受容体を介したCa2+流入が,学習していないとき(非同期性)に起こるか,連合学習時(同期性)に起こるかで全く異なる役割をもつことを示した(図2)。非同期性の,おそらく,自発的な開口放出などによるCa2+流入は,なんらかの機構により抑制型CREBの発現を上昇させ、長期記憶に関連する遺伝子の発現誘導を阻害する。一方,同期性のCa2+流入は連合学習やCREBの活性化に必要なリン酸化酵素の活性を上昇させ,長期記憶関連遺伝子の発現をCREB依存性に誘導する。Mg2+ブロック変異Tgバエでは同期性の入力は正常だが,非同期性のCa2+流入は抑制不全である。一方, NR1変異体では同期性のCa2+流入は阻害されるが,非同期性のCa2+流入は正常に抑制される。非同期性のCa2+流入により抑制型CREBの発現を増加させるのは何か? この機構の解明がつぎの重要な課題である。 図2 非同期性の入力と同期性の入力におけるCa2+の流入の違い (a)Mg2+ ブロックがある場合。非同期性入力時(学習していないとき)のCa2+ 流入はMg2+ ブロックにより抑制されるが、同期性入力時(学習時)はMg2+ ブロックが外れるためCa2+流入が起こり、長期記憶関連遺伝子の発現をCREB依存性に誘導する。 (b)Mg2+ ブロックの無い場合。非同期性入力時(学習していないとき)にCa2+流入が起こるため抑制型CREBの発現が増加される。同期性入力時(学習時)のCa2+ 流入は正常に起こるが、抑制型CREBの過剰発現により、CREB依存性に起こる長期記憶関連遺伝子の発現誘導が抑制される。 参考文献 1. Mayer, M。 L。, Westbrook, G。 L。 & Guthrie, P。 B。: Voltage-dependent block by Mg2+ of NMDA responses in spinal cord neurons。 Nature, 309, 261-263 (1984) 2. Nowak, L。, Bregestovski, P。, Ascher, P。 et al。: Magnesium gates glutamate-activated channels in mouse central neurons。 Nature, 307, 462-465 (1984) 3. Xia, S。, Miyashita, T。, Fu, T。 F。 et al。: NMDA receptors mediate olfactory learning and memory in Drosophila。 Curr。 Biol。, 15, 603-615 (2005) 4. Miyashita,T。, Oda, Y。, Horiuchi, J。 et al。: Mg2+ block of Drosophila NMDA receptors is required for long-term memory formation and CREB-dependent gene expression。 Neuron, 74(5), 887-898 ( 2012) 5. Burnashev, N。, Schoepfer, R。, Monyer, H。 et al。: Control by asparagine residues of calcium permeability and magnesium blockade in the NMDA receptor。 Science, 257, 1415-1419 (1992) 6. Mori, H。, Masaki, H。, Yamakura, T。 et al。: Identification by mutagenesis of a Mg2+-block site of the NMDA receptor channel。 Nature, 358, 673-675 (1992) 7. Single, F。 N。, Rozov, A。, Burnashev, N。 et al。: Dysfunctions in mice by NMDA receptor point mutations NR1(N598Q) and NR1(N598R)。 J。 Neurosci。, 20, 2558-2566 (2000) 8. Yin, J。 C。, Wallach, J。 S。, Del Vecchio, M。 et al。: Induction of a dominant negative CREB transgene specifically blocks long-term memory in Drosophila。 Cell, 79, 49-58 (1994) (研究内容の紹介ページに戻る) |