研究紹介 RESEARCH

はじめに

こどもの脳には大人の脳には見られない様々な営みがあり、神経細胞のみならずグリア細胞も主役となります。脳が発達するためには、これらの営みが正常に制御される必要があります。本プロジェクトでは、主に免疫系の視点から神経細胞とグリア細胞の機能を研究することにより、発達期の脳内環境を維持するための仕組みを解明するとともに、その破たんによる脳炎・脳症など、こどもの脳疾患の原因を解明し、予防法・治療法の開発を目指します。

A. 基礎研究

1. 生後脳におけるミクログリアのライフサイクルの解明

ミクログリアは胎児期の卵黄嚢に出現する原始的なマクロファージから発生することが明らかになりましたが、生後の脳においてミクログリアがどのように維持されるかは十分解明されていません。私たちは除去されたミクログリアが活発な増殖によって補われる現象(repopulation)に注目し、このモデルを使ってミクログリアの増殖のメカニズムを研究しています。これにより生後脳におけるミクログリアのライフサイクルが明らかとなり、さらに個体の発達に伴うミクログリアの発達と老化や、神経疾患に伴うミクログリアのrepopulationの機序を解明することにもつながると期待されます。

2. 骨髄未分化細胞からのミクログリア様細胞の分化誘導

ミクログリアは脳の組織在住マクロファージであることから、私たちはマクロファージの祖先である造血幹細胞からミクログリアを分化誘導することができるのではないかと考えました。そして骨髄未分化細胞をアストロサイトと共培養することによりミクログリア様の細胞を分化誘導することに成功し、この過程でinterleukin 34という分子が重要や役割を果たすことを見出しました。一部の難治性神経疾患に対して骨髄移植療法が試みられていますが、この研究は骨髄移植によりミクログリアが置換され疾患の改善をもたらす機序を解明する上で重要な知見をもたらすと期待されます。

3. Inflammasomeとプリン受容体によるミクログリアの炎症制御

近年inflammasomeという細胞内複合体がAlzheimer病をはじめとする様々な神経疾患の病態に関与することが注目されています。Inflammasomeは病原体をはじめとする様々な分子によって活性化されて炎症性サイトカインの放出や細胞死をもたらし、その活性化には細胞外のATP等を認識するプリン受容体によって綿密に制御されています。私たちは急性脳炎・脳症、てんかん、発達障害など発達期の神経疾患にもinflammasomeの関与があると考え、プリン受容体を介してその活性を制御するという治療戦略の構築を試みています。

4. microRNAを介する神経細胞−グリア間相互作用

神経細胞とグリア細胞は相互接触や可溶性因子の放出など様々な手段により密接な相互作用を持ち、これがそれぞれの細胞の機能発現に重要な役割を果たしています。私たちはこのような神経細胞−グリア間相互作用を担う因子としてmicroRNAに注目しています。microRNAはexosomeなどの細胞外微小顆粒によって運搬されて細胞間の情報伝達をもたらすことが知られており、その組成は神経疾患により変化することが示唆されます。そこで網羅的手法を用いて病態に関与が深いと考えられるmicroRNAをスクリーニングし、その機能解析を進めています。

B. 臨床研究

5. 急性脳炎・脳症における内因性神経炎症の関与

ウイルス関連急性脳炎・脳症は我が国の小児に多く見られ、神経学的予後が不良であることから重要性の高い疾患です。急性脳炎・脳症の機序としてサイトカイン・ストームやグルタミン酸による興奮毒性などが想定されていますが、感染が脳にどのような変化をもたらして脳炎・脳症を引き起こすかという基本的なスキームが確立されていないことが研究の進展を阻んでいます。私たちは一部の脳炎において内因性の神経炎症が発症に関与する証拠を突き止め、これを応用して神経炎症の制御による脳炎・脳症の新たな治療法を開発することを目指しています。

6. 急性脳炎・脳症における酸化ストレスの関与

ウイルス関連急性脳炎・脳症では酸化ストレスの関与が疑われ、日本では抗酸化薬のエダラボンが汎用されています。私たちはヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)脳症やインフルエンザ脳症の髄液を用いて、それぞれDNAと脂質に対する酸化ストレスマーカーである8-hydrozy-2’deoxyguanosine (8-OHdG)とhexanoyl lysine adduct(HEL)を定量しています。特にHHV-6脳症群では8-OHdGとHELの上症例が多く、HHV-6による脳症とけいれん重積において、いずれも酸化ストレスが病態に関与している可能性が示唆されました。

7. 抗神経抗体の網羅的解析と臨床診断への応用

中枢神経系の自己免疫疾患としては多発性硬化症が古くから知られていますが、これに加えて神経細胞の抗原に対する自己抗体(抗神経抗体)を原因とする新たな疾患群の存在が明らかになり、自己免疫性脳炎として知られています。私たちは抗神経抗体の網羅的な解析方法を開発し、都立病院等連携研究を通じて検体の解析を行い臨床診断に役立てています。またこの方法により未知の抗原に対する新規自己抗体の同定を試みています。

8. Cell-based assayによる抗MOG抗体の定量と機能解析

多発性硬化症と急性散在性脳脊髄炎は髄鞘に対する自己免疫疾患と考えられていますが、自己免疫反応の標的となる抗原は未だに同定されていません。しかし最近になり急性散在性脳脊髄炎の症例の中に、髄鞘構成タンパクであるミエリン・オリゴデンドロサイト糖タンパク(MOG)に対する自己抗体が同定されました。私たちはMOGを遺伝子導入した細胞を用いてフローサイトメトリー法による抗MOG抗体の定量解析法を確立し、同時にこれらの自己抗体の病原性について解析しています。

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