私達の体が持つ免疫システムは、ウイルス感染細胞やがん細胞などの排除に機能していることが知られており、この性質を利用して様々なバイオ医薬品が開発されています。例えば抗体医薬は抗体が標的分子を特異的に認識する性質を利用した医薬品で、ガン治療などに大きく貢献しています。標的特異性の高い抗体医薬は、近年最も成功しているバイオ医薬品の一つであり、その市場規模は現在40兆円近くに及んでいます。しかし抗体は細胞表面や細胞外に存在する抗原しか認識できないため、有望な標的分子が枯渇しつつあるという問題が指摘されています。そこで現在大きな注目を集めているのがT細胞受容体(TCR)を用いたTCR-T療法です(図)。
T細胞の表面に発現するTCRは、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)を介して細胞表面に提示される抗原を特異的に認識し、ウイルス感染細胞やがん細胞などの排除に機能しています。TCR-T療法では、ガン抗原特異的TCRを導入したガン患者由来のT細胞を、患者に戻すことでガン治療を行います。TCR-T療法は、これまで標的分子となり得なかった細胞内に存在するガン抗原も利用可能であるため、次世代医薬として大きな注目を集めています。TCR-T療法は既に多くの臨床試験が開始されており、2024年には米国で初めてTCR-T療法(Tcelra)が認可されています。このようにTCR-T療法は新しい医薬として今まさに黎明期を迎えており、今後さらに活発に開発が進められていくと考えられます。しかし、TCR-T療法の開発にはまだいくつか克服しなければならない課題があります。その一つに、TCR-T療法の根幹となる抗原特異的ヒトTCRをどのようにして単離していくかという問題が挙げられます。
私達のグループでは、TCR-T療法を始めとする免疫医薬の研究開発プラットフォームとして、これまで作出は困難であると考えられていたヒト型の抗原提示を再現するモデル動物の創出に取り組んでいます。私達はこのモデル動物を利用してガンやウイルス由来の抗原を特異的に認識するTCRを網羅的に単離し、疾病を治療・予防する免疫医薬の開発に貢献していきたいと考えています。