過眠症の謎をゲノム解析などから解き明かし、一人ひとりに最適な治療を実現する個別化医療を確立することを目指しています。
睡眠プロジェクト
宮川 卓 プロジェクトリーダーが解説します。
過眠症の病態を遺伝子・分子レベルで解明することは単に治療薬の開発につながるだけでなく、覚醒と睡眠がどのように切り替わるのかという「睡眠調節機構」そのものの理解に役立ちます。これにより、最終的に良質な睡眠の条件を明らかにでき、社会全体のQOL向上に寄与することが目標です。

オレキシン遺伝子に見られる特定の配列上の違いにより、オレキシンのタンパク質上の68番目のリシン(K)がアルギニン(R)に置き換わる「K68Rバリアント」が生じ、このタイプを持つ人では特発性過眠症のリスクが約5倍に高まることが明らかになりました。
—— 特発性過眠症とは何ですか。
これまで、日中に強い眠気に襲われる「特発性過眠症」は、原因や病気の仕組み(病態)が不明だとされてきました。この病気は、特に重症で、人によっては1日で合計11時間以上も寝てしまうことがあります。
この研究では、その原因の一部が、覚醒を引き起こす働きを持つ「オレキシン」を作る設計図(遺伝子)に隠されていたことを突き止めました。
病気の患者さんたちを詳しく調べ、健常な人々の集団の中で1%以下の頻度でしか見つからない、「レアな配列の違い(K68Rバリアント)」を発見しました。この違いを持っている人は、特発性過眠症になるリスクが持たない人に比べて、約5倍高いことを見出しました。
—— その「オレキシン上の配列の違い(K68Rバリアント)」は、どのように重い眠気を引き起こしますか?
私たちの体において、覚醒を促し、睡眠・覚醒の切り替えに関与するオレキシンを作り出すプロセスに、この配列の違いが影響を与えています。
オレキシンは、最初から完成品ではなく、「長い設計図」(オレキシン前駆体)の状態で存在しています。この長い設計図から、変換酵素という、いわば「切り出し役のハサミ」が正確な位置で部品となるオレキシンAとBを切り出して、完成品を作ります。
今回見つかったK68Rの配列の違いは、このオレキシン前駆体の「ハサミが入るべき、重要な切断部位」に起きていました。この位置は、ヒトから魚に至るまでオレキシンを持つ全ての生物種で共通しているほど、重要な場所です。
この配列の変化によって、ハサミ役の酵素がうまく働かなくなり、切り出す効率が2%以下にまで激減してしまいました。さらに、適切に切り出されなかった不完全な「長い設計図」(オレキシン前駆体)では、完成品に比べて、その働きが弱いこともわかりました。つまり、この配列の違いにより、完成品のオレキシンが適切に作られないため、うまくオレキシン系が働かないことがわかりました。また、このK68Rバリアントを持つ患者さんは、日中の眠気の強さを示すスコアが有意に高い、つまり症状が重い傾向を示すことも確認されています。
—— これが実現すると私たちの生活はどうなりますか?
この研究の成果は、将来的に患者さんの生活を改善する可能性を秘めています
今まで、オレキシンを作る神経が壊れることで、ナルコレプシーと呼ばれる別の過眠症が引き起こされることがわかっていました。しかし、特発性過眠症ではこのオレキシンを作る神経に異常がなかったことから「オレキシン系は関係ない」とされてきました。しかし、特発性過眠症の一部の患者さんも実は、オレキシン遺伝子のバリアントが発症に関わることがわかりました。現在、オレキシンを働かせる薬がナルコレプシーの治療薬として、いくつもの製薬会社によって開発されています。特発性過眠症の特にK68Rバリアントを持つ患者さんも、この薬が効果を示す可能性があります。これは、個々の患者に合わせた「個別化医療」への応用が期待される研究成果と言えます。
特発性過眠症は多因子疾患であり、今回のK68Rバリアント以外にも遺伝要因が存在すると考えられています。研究はこれからも続きますが、この発見は、病気のメカニズムを解明し、私たちの睡眠と覚醒のシステムを理解するための、非常に重要な一歩となるでしょう。
—— これが実現すると私たちの生活はどうなりますか?
この研究の成果は、将来的に患者さんの生活を改善する可能性を秘めています。
今まで、オレキシンを作る神経が壊れることで、ナルコレプシーと呼ばれる別の過眠症が引き起こされることがわかっていました。しかし、特発性過眠症ではこのオレキシンを作る神経に異常がなかったことから「オレキシン系は関係ない」とされてきました。しかし、特発性過眠症の一部の患者さんも実は、オレキシン遺伝子のバリアントが発症に関わることがわかりました。現在、オレキシンを働かせる薬がナルコレプシーの治療薬として、いくつもの製薬会社によって開発されています。特発性過眠症の特にK68Rバリアントを持つ患者さんも、この薬が効果を示す可能性があります。これは、個々の患者に合わせた「個別化医療」への応用が期待される研究成果と言えます。
特発性過眠症は多因子疾患であり、今回のK68Rバリアント以外にも遺伝要因が存在すると考えられています。研究はこれからも続きますが、この発見は、病気のメカニズムを解明し、私たちの睡眠と覚醒のシステムを理解するための、非常に重要な一歩となるでしょう。
宮川プロジェクトリーダーは、最先端の研究を行いながらも、科学を身近に伝える「遊び心」を大切にされています。
過去に行ったサイエンスカフェなどのイベントでは脳波の興奮状態に合わせて耳が動く装置を使い、未来の科学者である子供たちの好奇心を刺激しています。
一方で、会場の大人たちからは自身の睡眠に関する切実な悩みが寄せられることも多く、先生はそれら一つひとつに科学の視点から答えています。
例えば、多くの人が恐れる「金縛り」についても、先生は「実は睡眠中に起こる科学的に解明された現象」と語ります。驚くことに、先生ご自身も実際に何度も金縛りを経験されたというエピソードをお持ちです。
理論だけでなく、自らの体験も交えて気さくに語る宮川先生のスタイルは、睡眠という日常的で奥深いテーマを、より身近なものとして私たちに感じさせてくれます。