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ビタミンB6欠乏はノルアドレナリン神経系の機能亢進を生じ、統合失調症様行動異常を惹起する
Vitamin B6 deficiency hyperactivates the noradrenergic system, leading to social deficits and cognitive impairment.
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Vitamin B6 deficiency hyperactivates the noradrenergic system, leading to social deficits and cognitive impairment. Toriumi K, Miyashita M, Suzuki K, Yamasaki N, Yasumura M, Horiuchi Y, Yoshikawa A, Asakura M, Usui N, Itokawa M, Arai M. Transl Psychiatry. 2021 May 3;11(1):262. doi: 10.1038/s41398-021-01381-z.PMID: 33941768

発表のポイント

図1:成果の概要
図1:成果の概要

(A) ビタミンB6欠乏マウスの脳内ではノルアドレナリン神経系が機能亢進しており、社会性行動障害、及び認知機能障害を惹起することが示された。
(B) ビタミンB6の脳内への補充、もしくはα2Aアドレナリン受容体アゴニストであるグアンファシン(GFC)の投与は、ノルアドレナリンの機能亢進を改善し、行動異常を改善した。

研究の背景

統合失調症は、幻覚・妄想等の陽性症状、無気力・感情の平板化等の陰性症状、認知機能の低下等を特徴とする精神疾患です。私たちはこれまで、統合失調症患者の末梢血中のビタミンB6(ピリドキサール)濃度が健常者と比較して有意に低いことを報告してきました[1]。統合失調症患者の35%以上は、ビタミンB6が基準値以下で(男性:6ng/ml未満、女性:4ng/ml未満)、このビタミンB6濃度はPANSS(陽性・陰性症状評価尺度)の重症度スコアに反比例することを明らかにしてきています[2]。さらに、私たちは統合失調症患者の一部において、高用量のビタミンB6(ピリドキサミン)が、精神病症状、特にPANSSの陰性尺度及び総合精神病理評価尺度を緩和するのに有効であることを報告してきました。これら事実は、ビタミンB6の欠乏が統合失調症の症状発現に寄与している可能性を示すものです。近年のメタ解析では、統合失調症患者におけるビタミンB6の減少が、主要な精神疾患の末梢血バイオマーカーとして最も説得力のあるエビデンス」であることが示されています[3]。一方で、このビタミンB6欠乏がどのような分子機序により統合失調症の症状を引き起こすのかについては、よく分かっていませんでした。

発表内容

本研究では、ビタミンB6欠乏によって引き起こされる脳内分子病態を明らかにするために、ビタミンB6欠乏マウスを作成し解析を行いました。ビタミンB6は一部が腸内細菌により合成されますが、主として食物から摂取されるため、8週齢のC57BL/6J雄マウスにビタミンB6欠乏餌(ビタミンB6含有量5μg/100gペレット)を4週間給餌し、ビタミンB6欠乏マウスを作成しました。一方、ビタミンB6を1.4mg/100gペレットで含む通常餌を与えたものをコントロールマウスとして用いました。

給餌4週間後、ビタミンB6欠乏マウスの血漿中のビタミンB6濃度は通常マウスの約3%にまで減少しており、脳内においても通常マウスの約50-70%の減少が生じていました。また、統合失調症様行動障害を評価したところ、ビタミンB6欠乏マウスでは社会性行動試験において他マウスとの接触時間の有意な減少が認められ、さらに新奇物体認識試験においては認知機能障害を示しました。これらの結果はビタミンB6の欠乏が統合失調症の陰性症状、認知機能障害に関与していることを示唆し、臨床的な知見と一致していました。

次に、脳内神経伝達物質及びその代謝産物の定量を行ったところ、脳全体を通してノルアドレナリンの代謝産物であるMHPG (3-メトキシ-4-ハイドロキシフェニルエチレングリコール)の顕著な増加が認められました。また、in vivoマイクロダイアリシスにより、前頭皮質や線条体においてノルアドレナリンの放出量が実際に増加していることが示され、ビタミンB6欠乏は脳内ノルアドレナリン神経系の機能亢進を引き起こすことが明らかとなりました(図2)。

図2:ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進
図2:ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進

ビタミンB6欠乏マウス(VB6(-))の各脳部位における(A)ノルアドレナリン、(B)MHPG、(C)ノルアドレナリンの代謝回転を表す。また、(D)前頭皮質におけるノルアドレナリンの放出量の変化を示す。ビタミンB6の欠乏は脳内ノルアドレナリン神経系の機能亢進を生じることが示された。

さらに、浸透圧ポンプを用いてビタミンB6を脳内に直接補充すると、ノルアドレナリン神経系の機能亢進、及び行動異常が改善されたことから、ビタミンB6欠乏の影響は中枢に由来することも明らかにしました(図3A–C)。また、NA神経伝達を正常化させる目的で、α2Aアドレナリン受容体アゴニストグアンファシンを投与したところ、前頭皮質における亢進したノルアドレナリン神経系は正常化し、行動障害の改善が認められました(図3D–F)。

図3: ビタミンB6の脳内補充、及びグアンファシンの投与による改善効果
図3:ビタミンB6の脳内補充、及びグアンファシンの投与による改善効果

(A)(D)前頭皮質におけるノルアドレナリン代謝回転、(B)(E) 社会性行動試験、(C)(F)新奇物体認識試験の結果を示す。ビタミンB6の脳内補充、α2A受容体アゴニストであるグアンファシンの投与は、ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進を抑制し、行動異常を改善した。

ビタミンB6欠乏を有する統合失調症患者は、患者全体の35 %以上も存在することが分かっており、比較的重篤な臨床症状を呈し、治療抵抗性を示します。本成果は、このような患者に対し、ノルアドレナリン神経系を標的とした新たな治療戦略が有効である可能性を提示するものです。また、私たちが臨床研究を進めている「統合失調症に対するビタミンB6投与[4]という新たな治療法に、病態生理に基づくエビデンスを与えるものと考えられます。

引用文献

  1. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y et al. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry 2010; 67(6): 589-597.
  2. Miyashita M, Arai M, Kobori A, Ichikawa T, Toriumi K, Niizato K et al. Clinical features of schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Schizophr Bull 2014; 40(5): 1040-1046.
  3. Carvalho AF, Solmi M, Sanches M, Machado MO, Stubbs B, Ajnakina O et al. Evidence-based umbrella review of 162 peripheral biomarkers for major mental disorders. Transl Psychiatry 2020; 10(1): 152.
  4. Itokawa M, Miyashita M, Arai M, Dan T, Takahashi K, Tokunaga T et al. Pyridoxamine: A novel treatment for schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Psychiatry Clin Neurosci 2018; 72(1): 35-44.

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