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センターの研究紹介
社会健康医学研究センター
心の健康ユニット
臨床医学・社会医学的方法論に基づいてメンタルヘルス、心の健康づくりの研究を多面的に展開しています
現代ストレス社会の縮図といえる大都市では、心の健康を蝕むさまざまな要因が溢れる一方、個人を支える人々の絆は薄まっています。
このような中で社会医学的方法論による心の健康づくり研究の多面的な推進が求められています。私たちのユニットでは、少子高齢化が急速に進む東京において区・市と連携した大規模コホート研究* の実証的成果や臨床・ケア現場との協働によるプログラム開発等を通じ、大都市の心の健康づくりに取り組んでいます。
*コホート研究
特定の要因に接している集団とそうでない集団を一定期間追跡し、研究対象となる疾病の発生率を比較することで、要因と疾病発生の関連を調べる手法
心の健康ユニット
西田 淳志 ユニットリーダーが解説します。
Atsushi NISHIDA
Unit Leader
心の健康ユニット
西田 淳志 ユニットリーダーが解説します。
Atsushi NISHIDA
Unit Leader
どんなことに役立つの?
大都市における思春期あるいは高齢期の心の不調がどのような環境要因から発生し、どのような治療・介護プログラムが有効なのかなどを実証的に研究することで、東京都の自殺防止対策、在宅認知症患者の介護ケア、自然災害被災者のケアなどに役立てようとしています。
大都市と心の健康
ストレス要因が多い大都市では
心の健康は重要なテーマ
—— 心の健康を守るためには、臨床医学だけでなく、社会医学的なアプローチが必要だということですが。
西田人間の心の健康には社会的な環境要因が大きな影響を与えます。たとえば、学校や会社の中で他人に負けまいと競争しなくてはならない、そこではストレスや孤立感に苛まれる人も少なくありません。それが次第に心の健康を蝕んでいくことがあります。そのため、心の健康を守るためには、社会の環境がどうあるべきかという社会医学的なアプローチが必須になります。
—— 大都市の生活は、どのような点でメンタルヘルスに悪影響を与えるとお考えですか。
西田大都市は人口密度が高いので、そこで生き抜くためにはどうしても競争条件が厳しくなります。生活の質を規定する経済的な格差も大きく、これが心の健康に影響を与えます。もう一方でマンションの隣の人と付き合いがないなど、人々が孤立する要因が地方の生活に比べて多いと考えられます。都市ではかつては存在した地縁・血縁の絆が希薄化し、それが人々の孤立感を募らせることがあります。近年は世界各地の調査で、人と人のつながりが残っている地方よりも大都会の方が心の健康を蝕む人が多いというデータが得られています。
研究手法と研究対象
思春期の子どもたち4,000人を対象にした
大規模コホート研究と地域ケアプログラムの開発
—— どのような手法で、どのような研究を行っているのですか。
西田青少年を対象にした大規模な「コホート研究」は私たちのユニットでも重要なテーマで、なかでも東京の子どもや若年層のメンタルヘルスに関心があります。具体的には世田谷区、三鷹市、調布市の子どもたち4,000名を対象に、思春期の心と身体の成長を継続的に調査しています。2年に1回の訪問インタビューの他、成長ホルモンの分泌状況なども調べます。
たとえば、第二次性徴のあらわれが早まるという傾向が先進国全般に見られますが、なぜそうした現象が見られるのか、早期の成熟が心身にどのような影響を与えるかは未解明です。私たちのコホート研究が解明の切り口を示すことができればと思います。
—— その一方で、認知症を経験している人々に向けた地域のケアプログラムの開発研究もされています。
西田東京の高齢化率は世界のどの都市に比べても高く、東京はその意味で高齢先進都市です。私たちは在宅で生活を続ける認知症の人に向けたケアプログラムを開発し、自治体や地域介護事業者の協力を得ながらその有効性を確認する研究を進めています。認知症の人に見られる妄想、徘徊、大声などの行動は、そもそも強い不安や焦り、また恐怖などから生じることも少なくありません。
そうした行動を問題行動としてとらえるのではなく、認知症の人が周囲にご自身のニーズを伝えようとしておられる大事なメッセージとしてとらえることが重要です。
私たちはケアを提供する人たちが、認知症の人の隠れたニーズを発見し、それを満たすための適切な対応ができるよう支援するプログラムを開発し、しっかりとした成果を得ています。このプログラムは、元々東京都からの委託により開発したものです。東京都では、平成30年度から、このプログラムの普及に向け、参加する事業者の募集や、事業所において推進役を担うアドミニストレーターの養成などに取り組む区市町村への支援を開始しています。さらに、今後、ICT(情報通信技術)を活用した「日本版BPSD(行動心理症状)ケアプログラム」として、広く全国に普及させていく予定です。
社会に還元する研究
精神疾患を経験している人々の地域生活支援、震災被災者のケアプログラムも開発
—— 医療・介護従事者、行政はもとより、病気や障害を経験している当事者の方々やそのご家族・関係者の協力を得ながらの研究というのが特徴ですね。
西田研究成果を社会に還元し、役立つプログラムにするためには、どうしても当事者の視点で研究の目的やそれを検証するプロセスが必要です。精神科に入院した患者さんが退院した後、地域で自分らしい生活の再建を進めていくうえで、入院中・退院後の支援のあり方を改善する必要性が私たちのこれまでの研究から示唆されています。入院治療のあり方を改善するためのプログラムの開発は当事者の方々とともに取り組む研究の一つです。入院期間が短くなり早く退院できるのはよいことですが、治療の質に問題があると、入退院を繰り返すようになります。当事者ご本人はもとより、家族や関係者へのヒアリングを重ね、当事者の視点から治療やサービスにどのような変革が必要かを考え、具体的な方策を考えています。
また、東日本大震災の被災現場を定点的に調査し、被災者の生き甲斐の回復の程度あるいは精神的な不調のあらわれなども調査しています。大地震は東京も無縁ではないので、今後の東京都の被災者対策に役立てることができればと考えています。
—— 2020年からは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するデータ分析も行っているそうですね。
西田COVID-19は、感染者の多くが無症状であり、感染した自覚のない方が移動・接触することで感染が拡大してしまいます。また、COVID-19は高齢者や基礎疾患を有する方の場合、重症化する危険性が高く、医療機関の患者や介護事業所などの利用者はハイリスク群になってしまいますが、そもそもこれらの場所では人との接触を減らしていくことは困難です。そこで、一般の方々の人流を抑制していくことが、COVID-19の感染拡大を防いでいくうえで重要になります。
このため、私たちのユニットは、2020年10月に設立された東京感染症対策センター(東京iCDC)に疫学・公衆衛生チームとして参画し、都内における人流データの分析を行っています。同じチームのメンバーである京都大学の西浦博教授や、空間統計の専門家の東京大学の柴崎亮介教授にご助言・ご指導をいただきながら、分析を進めています。
—— どのようなデータを使って分析を行っているのですか。
西田私たちが扱っている人流データは、スマートフォンのGPSデータから匿名化された位置情報をもとに、新宿、渋谷や六本木といった都内の主要な繁華街のエリアに滞留し、かつ、そのエリアがそれぞれのGPSの移動パターンから、自宅でも職場でもなく、レジャー目的とされる人の数を時間帯別に推定したものです。特に夜間における繁華街での滞留人口が、緊急事態宣言等の施策の前後でどのように推移しているか、定期的に分析を行っています。
—— 昼間のデータも扱っていますが、夜間について注目しているのは、どのような理由によるのでしょうか。
西田夜間の繁華街の滞留人口に着目しているのは、これまでの海外での研究から、飲食店における会食が感染リスクの高い行動として明らかになっているからです。アメリカでの研究では、スマートフォンのGPSデータをもとに、シカゴの都市部での様々な施設の人口密度や滞在時間を算出し、それらの施設が閉鎖から再開された場合の感染者数の推計を行いました。その結果、フルサービスの飲食店が最もリスクが高いと予測されました。
—— 他に人流のデータから興味を持って分析している点は何かありますか。
西田やはりアメリカでの研究になりますが、複数の州でスマートフォンのGPSデータをもとに、ステイホームの要請が始まった前後、終わった前後での人々の移動行動の変化を検証したところ、2020年3月に要請が始まる前から、一日の移動距離の合計は減少し始め、自宅から半径1マイル以内に留まる割合が増加していましたが、4月中旬に底を打つと、要請が終わる前から増加に転じたそうです。
この研究結果から示唆されるのは、人々の移動の抑制は、ステイホームの要請によって促される一方、その減少した状態を維持するためには現状の施策だけでは不十分であることです。私たちは、こうした先行研究の知見を踏まえ、都民の適切な行動変容を支持する施策のあり方についても、継続して検討を行っています。
日本の若者の死亡原因トップは「自殺」
心の幸せをもっと大切にする社会へ
日本の若者はOECD(経済協力開発機構)に加盟している先進国の中で「寂しい」と感じる率が最も高く、若者(15~34歳)の死亡原因も他の国では事故死が多いのに、日本だけ「自殺」がトップになっています。
もしかすると、これまでの「自己努力」「自己責任」を強調する教育が、日本の若者に強いストレスを与え、彼らを追い込んでいるのかもしれません。一方、ユニットの調査研究によれば、若者の幸福感とそれを支えるものとの関係を調べると、「他の人を助けたい」「困ったときに相談できる人がいる」人のほうが、「幸福感」も高いことも明らかになっています。若者を孤立させず、もっと心の幸せや精神的な豊かさを大切にするように日本の社会は変わっていくべきなのかもしれません。