未来を話そう!
センターの研究紹介
社会健康医学研究センター
難病ケア看護
ユニット
難病患者さんが快適な療養生活が送れるよう、ケア技術と支援システムの開発に取り組んでいます
日本全体の10分の1の難病患者がいる東京では、ベッド数の不足という事情もあり、病院よりも、自分らしく過ごせる在宅療養への切り替えが模索されています。
人工呼吸器を装着した患者さんをいかに在宅で支えるか。
それがこのユニットのテーマです。難病患者とその家族が、安心・安全、そして快適に暮らすための方策はどのようなものなのでしょうか。
難病ケア看護ユニット
中山 優季 ユニットリーダーが解説します。
Yuki NAKAYAMA
Unit Leader
難病ケア看護ユニット
中山 優季 ユニットリーダーが解説します。
Yuki NAKAYAMA
Unit Leader
どんなことに役立つの?
最重度の医療・障害ニーズをあわせもつALS(筋萎縮性側索硬化症)患者をはじめとする難病患者が、住み慣れた地域で安心・安全に療養生活が送れるよう支えます。この支援システムの構築により、難病患者のQOL(生活の質)向上にも貢献することを目指しています。
難病ってどんな病気?
東京に約10万人いる
難病患者のケア看護研究の柱は3つ
—— 難病とは、どんな病気のことをいうのですか?
中山原因不明で、根本治療が難しく、希少性(数が少ない)であることに加えて、長期にわたる療養が必要になる病気のことで、身体的、精神的そして経済的にも負担が大きい病気です。2015年に難病法(難病の患者に対する医療等に関する法律)が施行され、医療費の助成が受けられる指定難病は56疾病から306疾病に大幅に増えました。その後も増え続け、2021年には、338疾病にまで増えました。東京にはおよそ10万人の難病患者が暮らしています。寝たきりの方ばかりでなく、痛みやしびれといった第三者から見えづらい症状の方、悪くなったりよくなったりを繰り返す方もいますが、私たちは、最重度といわれるALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんをモデルに、3つの柱で研究活動を展開しています。
—— 3つの柱を具体的に教えてください。
中山1つ目は「基礎・臨床成果に基づく看護ケアの技術開発」です。運動機能が低下するALSは、最終的に目の動きによる意思の疎通さえできなくなる方もいます。このような「完全閉じ込め状態」に陥った患者さんとコミュニケーションを図るため、脳波や脳血流など微細な生体信号を用いた意思伝達装置が開発されつつありますが、機械ができたらすぐ使えるというものでもありません。エンドユーザーである患者さんや支援者がいかにうまく使いこなせるか、生活の中で、実用化を目指すところに私たちは焦点を当てています。
在宅療養を支える
支援者チームが療養生活を支える
—— 残る2つの柱は、どのようなことですか?
中山2つ目は「安全な療養環境・支援システムの構築」です。在宅生活を実現・維持していくためには、患者さんとご家族を中心に、医師や看護師、介護ヘルパー、ケアマネジャー、リハビリ専門職などの医療・介護・福祉のチームアプローチが必要不可欠です。各職種間の効果的な連携のあり方に関する研究、ケアチームの方々からの相談対応による事例ごとのアプローチを積み重ねながら、難病患者さんが住みやすい地域ケアシステムのあり方について研究しています。
—— 患者さんはさまざまな支援により、在宅療養できるのですね。
中山在宅ならではの問題もあります。特に、難病は希少性のため、経験が蓄積されにくい点が課題となります。たとえば、医療安全において「ヒヤリハット」(事故が起こりそうでヒヤリとした事象)の分析は重要ですが、在宅人工呼吸療法においては、集約されていません。私たちは、「在宅ヒヤリハット情報収集・情報検索システム」をWeb上で公開し、事象を集約して課題を整理し、データベース化しています。それが3つ目の柱「『難病ケア看護データベース』による成果の普及・還元システムの構築」で、研究成果をいち早く実際の臨床現場で役立てていただくことを目指しています。
未来への展望
難病患者のQOLを大切に
—— 患者さんのQOLの向上も大きな課題ですね。
中山難病患者の場合、既存の客観的なQOL尺度で評価するよりも、患者さんの主観的評価が大事だと考えています。アイルランドで開発された主観的なQOL評価方法(SEIQoL)に期待が寄せられています。この方法は、面接で行うもので、まず、患者さん自身が大事にしている領域(もの)を5つ挙げてもらいます。次に、それぞれの満足度を聞きます。そして、全体を100%とした場合に、5つそれぞれがどれくらいの重み付けで心を占めているかを聞きます。満足度と重み付けを掛け合わせて足した数値でQOLを表すというものです。
—— このQOL評価は患者さんの療養生活にどう貢献するのですか?
中山患者さんが何を大切に思っているかを知ることで、「してあげる」ではなく「患者さんがしたいことを支援する」ケアにつながります。そうすることで、患者さんとケアする人とがよい関係を築くことができます。
「キャンサーギフト」(がんがくれた贈り物)という言葉がありますが、私自身、多くの難病の患者さんと接してきて、実は難病でも同じことがいえるのではないかと感じています。難病によって、新たに得るものが確かにあります。
難病は、誰が、いつ発症するかわかりません。患者さんや家族だけの負担にならないように、社会全体で支援システムを準備しておくことが大切だと思っています。
閉じ込め状態になっても
コミュニケーションは可能?
運動をつかさどる神経が障害を受け、手足を動かすことや話すことができなくなり、やがて人工呼吸器が必要となる難病・ALS。
話ができなくなると、体中のわずかに動く部分や、目の動きによって、意思を伝える方法が残されています。しかし、中には目を動かすこともできなくなる人もいます。
完全に孤立してしまうと恐れる人もいますが、意思表示ができるうちから患者さんの人となりを把握し、信頼関係が構築できていれば、言葉以外の意思表示や醸し出す雰囲気で「患者さんのしたいこと」を推し量るコミュニケーションも不可能ではありません。そうして、意思表示ができなくてもその人らしく生活し、周囲の人が集う豊かな生活が成り立っている患者さんもいます。
また、念じるだけで意思伝達が可能になるような科学技術の進歩も、すぐそこまできています。