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未来を話そう!
プロジェクト研究の紹介
ゲノム動態プロジェクト
ゲノム複製についてのメカニズムをいろいろな側面から研究しています

ゲノムとは、それぞれの生物が有している固有の遺伝情報の総体のことです。細胞が分裂して1個から2個になる時には、ゲノムもコピーを作ります。
この過程は細胞が増えていく中で最も重要なプロセスです。
私たちはゲノム複製のメカニズムを解明するために、ヒト細胞および大腸菌、分裂酵母、マウスなどのモデル生物を使って日々研究を続けています。

ゲノム動態プロジェクト
正井 久雄 プロジェクトリーダーが解説します。
Hisao MASAI
Project Leader

ゲノム動態プロジェクト
正井 久雄 プロジェクトリーダーが解説します。
Hisao MASAI
Project Leader
どんなことに役立つの?
ゲノムをコピーする時にエラーが起きて、それが積み重なっていくことで、がんやALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経変性疾患、老化が著しく早く進む早老症などが発症する可能性があります。
ゲノム複製のメカニズムを解明することができれば、種々の病気の原因や治療法が見つけられるかもしれません。

メカニズム
複製するたびに
病気のもとになるエラーはたまっていく
—— ゲノムの複製とはどういうことでしょうか。
正井細胞が分裂する際には、DNAもすべてコピーされ新たな本物ができます。この過程をゲノム複製と呼びます。ヒトのゲノムDNAは約30億塩基対からなり、これが遺伝情報を運び、生命の設計図になります。ですから、コピーの際の間違いは最小にする必要があります。

—— 複製を間違う確率は高いのでしょうか。
正井実は複製を行うタンパク質は1万個に1個という頻度で間違えます。1個のヒト細胞が分裂する時には、DNA内の約30億対の塩基配列をコピーするわけですから、この間違いはかなり高い頻度です。しかし、DNAには同時にエラーを修復する機能が二重に備わっていて、最終的には30億塩基対のうち1、2個の間違いで済むようになっています。ただ、人間の細胞は約37兆個あって、その中で毎日約1兆個の細胞が入れ替わっています(複製をしている)。つまり、毎日約1兆回の間違いが起こっている可能性があり、どんなに低い割合でもエラーは少しずつたまっていきます。
病気との関係
刺激物、たばこは複製エラーの確率を上げる?
—— 複製エラーがたまると、どんな病気になるのでしょうか。
正井まずは、がんです。細胞が分裂してエラーが積み重なると、遺伝子が変化する可能性が高まります。遺伝子に少しずついろいろな変化が起きると最終的にがんが生じます。これには長いプロセスが必要なので、がんは高齢者の病気といわれるのです。しかし、細胞の分裂回数が多ければ、エラーが早くたまって、がんになる確率が上がります。統計上では、大腸の腸管上皮細胞など分裂回数が多い臓器ほど、がんになりやすいことが明らかになっています。実際、がんの原因となるゲノム変化の3分の2近くは、複製のエラーによって起こると推測されています。
—— 複製エラーを増やさないために、日常生活で気をつけることはありますか。
正井食生活では塩辛いもの、刺激の強いものを食べすぎないことです。そうした食べ物は粘膜を傷つけ、細胞修復のための細胞分裂をたくさん行うことになり、その結果、食道がんなどになる確率を上げてしまいます。また、たばこは、中に含まれる有害物質(ベンゾピレン)が体内で酸化されてDNAに結合し、複製に影響を及ぼします。DNAに傷がつくと修復する必要がありますが、修復の過程で変異が生まれる可能性は高いことがわかっています。同様の理由で、DNAを傷つけるおそれのある食品添加物やカビもよくないのです。
未来への展望
血液1滴で遺伝子型がわかり、疾患治療の効率が上がる!
—— ゲノムの複製のメカニズムを解明すると、どのような医療に役立ちますか。
正井先ほどご紹介した神経変性疾患は大人になって発症するのですが、ある塩基配列の繰り返しの数が一定数より増えると、発症することがわかってきました。この発症過程には、今まさに私たちが研究している特殊な形のDNA「グアニン4重鎖」構造も関連していて、私たちの研究が進めば、治療薬の開発に役立てるのではないかと思っています。
また、早老症という、20歳くらいで高齢者のようになってしまう難病の一つは、ワーナーへリカーゼというDNAの傷を修復する遺伝子に異常が起こると発症することがわかってきました。しかし、なぜ、この遺伝子の異常で老化が早まるのかということまではわかっていません。将来的には、発症の機構が明らかになれば、新たな治療法が開発できることも期待されます。
—— ゲノムの解析が進むと、病気に対する特効薬も増えてきますか。
正井あと10年もすれば、血液1滴、1時間で人ひとりのゲノム情報がすべてわかるようになるでしょう。ゲノム情報がわかると、将来どのような病気になる可能性があるかを予測することも可能になり、予防対策をとることができます。また、病気の治療前に、まず遺伝子型を確認して、その人にとって最も治癒率が高く、副作用の少ない薬を投与するといったような治療法が可能になります。すでにある種のがん治療では、遺伝子型に合った、個人医療が進められています。

用語解説
難しい言葉 〜DNA、染色体、ゲノム、遺伝子〜 を一気に理解!
DNA…「デオキシリボ核酸」を英語に訳した時の頭文字をとってDNAといいます。DNAは生物の遺伝情報を担う物質で、細く長い2本の糸がらせん状にからまった、二重らせん構造をとります。DNAは4種類の塩基が結合した糖とリン酸基が交互につながっています。塩基の種類はアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)で、ヒトの全DNAは約30億塩基対でできています。

染色体…DNAがタンパク質と一緒になり、コンパクトな構造をとるようになった構造体。ヒトの体は約37兆個の細胞でできています。その1個1個の細胞の核の中に、父親と母親から23本ずつ受け継いだ計46本の染色体があります。染色体はタンパク質に巻きついたDNAがぎっしり折り重なってできています。
ゲノム…生物の遺伝情報の総体(全体)がゲノムです。ヒトの場合、核内の染色体が運ぶ約30億塩基対のDNAと、細胞質に存在するミトコンドリアDNAを合わせたものがヒトゲノムとなります。
遺伝子…DNAがもつ約30億対の塩基配列のうち、タンパク質あるいは機能的なRNAを生み出す配列が遺伝子です。ヒトの遺伝子の数は約2万2000個で、全DNAの約30%、タンパク質を指令する領域に限ると3%ほどにすぎません。

ゲノムDNAの新しい役者、
グアニン4重鎖構造

ゲノムの中には、ワトソン=クリックにより発見された右巻き二重らせん構造とは異なる形のDNAが存在することが明らかになりました。代表的なものは、ここに示されるグアニン4重鎖という構造です。グアニンが並ぶ配列のDNAには4本の鎖が集まってできる構造が形成され、生物学的に重要な役割をしていることが明らかになってきました。(写真のなかで黒い紐は、DNA鎖の背骨の鎖、3枚の白い平面は、それぞれの角にある4個のグアニンが形成するGカルテット構造。黄色い球は、4個のグアニンの中央に配位しているカリウムイオン。)