感染後、時間がたっても効果を発揮する
インフルエンザ治療薬ができる?
現在、臨床で用いられている抗インフルエンザ治療薬は感染から48時間以内に服用しないと効果がなく、重症化した患者さんを治すことができません。
しかし、重症化したインフルエンザ患者に回復患者の血漿を投与したところ、劇的に回復したという報告もあります。詳細な作用メカニズムはわかりませんが、インフルエンザウイルスに対する抗体によって治癒するのではないかということです。
既存のインフルエンザ治療薬はインフルエンザウイルス内のノイラミニダーゼNAタンパクを標的にしていますが、私たちは、細胞とくっつく働きがあり、細胞内でのウイルス増殖に大きな役割を果たすHAタンパク質をターゲットとした抗体医薬の開発を進めてきました。HAタンパク質による細胞への吸着阻害に加え、ウイルス侵入後における細胞膜への融合も阻害することが明らかになっています。すでに動物モデルでの治療効果も確認できています。

2021年5月11日
感染制御プロジェクトの小原道法特別客員研究員らは、インフルエンザウイルスHAを標的とした特殊環状ペプチドを開発し、その発症を阻害する仕組みに関して動物モデルを使って解明し、中分子ペプチドの新たな抗ウイルス薬としての可能性について発表しました。
インフルエンザウイルスHAを標的とした特殊環状ペプチドの発症阻害機序を解明
研究の背景
インフルエンザウイルス*1)*1)インフルエンザウイルス
インフルエンザは、インフルエンザウイルスを病原体とするとする感染症で、「一般のかぜ症候群」とは異なる。世界各地で毎年インフルエンザの流行がみられ、季節性インフルエンザの病原体のA/H1N1ウイルス、A/H3N2ウイルス、B型ウイルスは、冬季に感染・流行を繰り返す。推定患者数は、毎年1,500万人以上であり、公衆衛生上重大な問題となっている。は過去に4度世界的に大流行し、また、高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1や、世界的流行を起こしたPandemic 2009 H1N1(パンデミックインフルエンザA(H1N1) 2009)、さらに、毎年流行する季節性インフルエンザウイルスによる感染症は、健康及び世界経済に深刻な影響を与え続けています。現在、インフルエンザの治療で主に用いられているのは、リレンザやタミフルといったノイラミニダーゼ阻害薬(NA阻害薬)*2)*2)ノイラミニダーゼ阻害薬(NA阻害薬)
インフルエンザウイルスの表面には、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の二種類のスパイクタンパクがあり、ウイルス感染に重要な役割を果たしている。HAは細胞に結合して感染に関与し、NAは、感染した細胞からウイルスを放出させる役割を持っている。現在、多く使われている抗インフルエンザ薬はNA阻害薬である。今回の研究ではウイルスの細胞への侵入に寄与しているHAの阻害薬の開発を進めた。ですが、既に耐性を獲得したウイルス株の出現が報告されています。そのため、既存の抗ウイルス薬とは作用の仕組みが異なる新たな治療薬の開発が求められています。
抗ウイルス薬に代わるものとして、インフルエンザに対する抗体医薬*3)*3) 抗体医薬
生体の防御のために働くタンパク質である抗体を利用した医薬品で、がん細胞等の疾患に関連する細胞の表面にある目印となる抗原を狙い撃ちにするため、高い治療効果と副作用の軽減が期待できる。の開発が世界中で進められていますが、抗体は分子量が非常に大きいため、抗体が認識できる部位はアクセス可能な領域、例えば、細胞表面や細胞外のものに制限されます。その一方で、ペプチド*4)*4) ペプチド
2個以上のアミノ酸がペプチド結合したもので、神経伝達作用や抗菌作用等を示す物もある。は、抗体よりもはるかに分子量が小さいため、抗体では入り込むことのできないウイルス蛋白上の狭い領域にも入り込むことができます。しかしながら、特異性に乏しく、つまり、標的となる分子に結合する力が弱く、安定性にも問題がありました。こうしたことから、我々は次世代の抗体医薬として、抗体が結合することのできない抗原領域を認識することが可能な特殊環状ペプチド*5)*5) 特殊環状ペプチド
現在、使用されている薬剤は、主に低分子医薬品と抗体医薬品で、古典的ペプチド医薬品は、欠点が多く、インスリン等の限られた薬剤しかない。しかし、特殊環状ペプチドは、抗体並みの活性や基質特異性を獲得することが可能で、古典的ペプチドの弱点の血中安定性が大幅に改善する。に着目しました。東京大学の菅教授及びペプチドリーム社との共同研究により、約12-15個のアミノ酸から構成され、メチル化及び環状化により、高病原性H5N1 HA蛋白に特異的に結合する特殊環状ペプチドをスクリーニングし、生体内における安定性が、従来よりも向上した特殊環状ペプチドを見つけ出しました。
研究の概要
毎年大きな流行を繰り返すインフルエンザは世界的に重大な感染症の一つです。次世代の抗ウイルス薬には、宿主には影響せず、ウイルスに特化した効果が求められます。このうち、第3世代の抗体医薬として特殊環状ペプチドが注目されています。抗体は分子量が大きく、多くはHA蛋白質のグロブラーヘッド領域へ結合し、インフルエンザウイルス株間の特異性が強くなります。特殊環状ペプチドは、分子量が500-2,500と小さく、HA蛋白質のストーク領域へ結合し、交差反応性が高くなることが期待できます。現行のインフルエンザ治療薬のNA阻害薬は、ウイルス因子を標的とした薬剤であり、感染細胞からインフルエンザウイルスが出芽するのを阻害するという作用の特性上、ウイルスが増殖した感染中期以降における阻害効果が著しく弱まることや、遺伝子変異した薬剤耐性ウイルスが出現することが問題点として挙げられます。
H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルス感染症の重症患者に対して、回復患者に由来する血漿の投与が、感染中期以降においても治療効果を示したとの報告を基に、我々はインフルエンザウイルスのヘマグルチニン蛋白質を標的とした特殊環状ペプチドの探索を行い、リレンザと同等以上の阻害活性を有する特殊環状ペプチドiHA-100を見い出しました。このiHA-100は、インフルエンザウイルスのH5N1/H1N1/H2N2の3つの亜型に対して防御効果を発揮し、さらに、リレンザに耐性のあるH1N1パンデミック2009に対しても強力な阻害活性を示すことを見い出しました。
このiHA-100がインフルエンザウイルスの増殖を抑制するメカニズムを明らかにするため、ウイルス感染のどの段階を阻害しているのかについて解析しました。異なるタイミングでiHA-100を培養上清に添加する実験を行ったところ、ウイルス吸着前及び直後の添加により、完全にウイルス感染を阻止することが判明しました。さらに、細胞内に侵入後、エンドソーム膜と融合を開始する感染吸着後90分の段階で添加した場合においても強い抑制効果がみられました。iHA-100の作用の仕組みとして、細胞外に存在するウイルス粒子の感染性を中和するだけでなく、細胞内においてもHAと相互作用し、侵入過程の複数の段階を阻害するといった新たな阻害の仕組みが明らかとなりました。
また、マウスを用いた実験で、感染初期にしか効果の無いリレンザとは異なり、感染後期においても劇症肺炎を抑制する治療効果があることも示されました。この治療効果は、霊長類モデルであるカニクイザルでも同様でした。
研究の意義と今後の展望
今回、H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスのHA蛋白質に結合する特殊環状ペプチドのうち、リレンザと同等以上の阻害活性を示すiHA-100を見出しました。iHA-100はウイルス粒子の感染性を中和するだけでなく、細胞内においてもHAと相互作用し、侵入過程の複数の段階を阻害するといった新たな阻害の仕組みが明らかとなりました。また、感染4日後及び6日後からの投与においても治療効果を示すことも明らかとなっており、リレンザにはない治療効果を示していることから、新たな抗インフルエンザ薬となる可能性があると考えられます。
用語説明
- *1) インフルエンザウイルス
- インフルエンザは、インフルエンザウイルスを病原体とするとする感染症で、「一般のかぜ症候群」とは異なる。世界各地で毎年インフルエンザの流行がみられ、季節性インフルエンザの病原体のA/H1N1ウイルス、A/H3N2ウイルス、B型ウイルスは、冬季に感染・流行を繰り返す。推定患者数は、毎年1,500万人以上であり、公衆衛生上重大な問題となっている。
- *2) NA阻害薬とHA阻害剤
- インフルエンザウイルスの表面には、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の二種類のスパイクタンパクがあり、ウイルス感染に重要な役割を果たしている。HAは細胞に結合して感染に関与し、NAは、感染した細胞からウイルスを放出させる役割を持っている。現在、多く使われている抗インフルエンザ薬はNA阻害薬である。今回の研究ではウイルスの細胞への侵入に寄与しているHAの阻害薬の開発を進めた。
- *3) 抗体医薬
- 生体の防御のために働くタンパク質である抗体を利用した医薬品で、がん細胞等の疾患に関連する細胞の表面にある目印となる抗原を狙い撃ちにするため、高い治療効果と副作用の軽減が期待できる。
- *4) ペプチド
- 2個以上のアミノ酸がペプチド結合したもので、神経伝達作用や抗菌作用等を示す物もある。
- *5) 特殊環状ペプチド
- 現在、使用されている薬剤は、主に低分子医薬品と抗体医薬品で、古典的ペプチド医薬品は、欠点が多く、インスリン等の限られた薬剤しかない。しかし、特殊環状ペプチドは、抗体並みの活性や基質特異性を獲得することが可能で、古典的ペプチドの弱点の血中安定性が大幅に改善する。