未来を話そう!
プロジェクト研究の紹介
シナプス可塑性
プロジェクト
シナプスの伝達異常がどんな病気を引き起こすかについて研究しています
私たちの目や耳、鼻などから入ってきた情報は、脳に入ると電気信号となって神経細胞を伝わっていきます。
シナプスとは、神経細胞と神経細胞のつなぎ目のことであり、次の神経細胞へ信号を伝える役割を担っています。シナプスでの信号の受け渡しがうまくいかないと、さまざまな障害があらわれます。
シナプスの異常で発症する病気のメカニズムを研究しています。
シナプス可塑性プロジェクト
山形 要人 プロジェクトリーダーが解説します。
Kanato YAMAGATA
Project Leader
シナプス可塑性プロジェクト
山形 要人 プロジェクトリーダーが解説します。
Kanato YAMAGATA
Project Leader
どんなことに役立つの?
シナプスで正しく信号伝達ができないと、記憶障害が生じることがわかっています。たとえば、記憶障害を伴う病気の一つに、結節性硬化症があります。この病気は知的障害、自閉症、難治性てんかんがあらわれることが多いので、結節性硬化症の研究は、知的障害などのメカニズムの解明にも役立ちます。
これらの病因を解き明かし、治療薬の開発に結びつけます。
メカニズム
多くの記憶障害はシナプス異常によって生じる
—— 脳内で情報伝達を担うというシナプスは、刺激の大きさに応じて変化するのですね。
山形五感から受け取った刺激や情報は、脳内で電気信号に変換され神経細胞を伝わって流れていきます。同じ信号が繰り返し来ると、神経細胞の活動量が増え、より強く応答するようになります。
シナプスも、それに伴って大きくなり、新たなシナプスも作られ、信号が伝わりやすくなります。たとえば、記憶をつかさどる海馬では、シナプスが活発に活動している時に記憶が作られると考えられています。このように刺激に応じてシナプスの伝達効率が変化することを「シナプスの可塑性」と呼んでいます。
—— では、シナプスに異常が見られるとどうなるのですか。
山形海馬では記憶が形成されず、記憶障害が生じます。知的機能全般が低下する知的障害、突然意識を失う難治性てんかんや自閉症もシナプス異常を伴うといわれています。
病気との関係
世界で最初に発見!
シナプスの異常はタンパク質の過剰!!
—— シナプス異常を伴う病気の研究をどのように進めているのですか。
山形シナプス異常による疾患の一つに、結節性硬化症という病気があります。結節性硬化症は、難病に指定されていて、知的障害、自閉症、難治性てんかんがかなりの割合であらわれることがわかっています。そして、これらの障害は共通した遺伝子の変異に起因しています。
さらに、結節性硬化症のメカニズムを研究することは、他の知的障害や自閉症の解明にも役立つと考えています。そのため、結節性硬化症の疾患モデルマウスを用いて、シナプス異常の研究をしているのです。
—— 疾患モデルマウスで、どんなことが解明できたのですか。
山形結節性硬化症の疾患モデルマウスを作り、その海馬の神経細胞を培養し、シナプスを観察しました。すると、本来、キノコ形をしている受け取り側のシナプス –スパインといいます– が、結節性硬化症では細長く変形しており、信号の受け渡しがうまくできていないことがわかりました。その結果、マウスは自らの体験などを記憶できずにいたのです。
—— 信号の受け渡しを滞らせている原因はなんだったのでしょうか。
山形原因となっていたのは、あるタンパク質の作用でした。体の中には、膨大な種類のタンパク質が存在しています。その一つである「レブ」が異常を招いていました。レブの働きは通常抑制されているのですが、結節性硬化症では抑制が外れるため、シナプスは正常な形を維持できなくなっていました。つまり、結節性硬化症を発症すると、記憶することができず、日常生活に支障をきたすのです。
レブがシナプスに与える影響とそれに起因する難治性てんかんや知的障害のメカニズムは、私たちが世界で初めて解明したことになります。
—— 発症メカニズム解明は大きな発見だったのですね。その後の研究課題は何になったのですか。
山形治療法や治療薬の開発を手がけました。知的障害や自閉症には、今のところ確立した治療法がありません。レブの作用を抑える薬を見つけることができれば、障害が緩和されると考えられます。
私たちは、レブの阻害薬がモデルマウスの記憶障害や社会行動の異常を改善することを見出しました。
未来への展望
難治性てんかん、知的障害、自閉症の治療薬誕生を目指して
—— 地道な研究の成果が次々に形になっていますが、今後、この研究成果をどのように役立てるのですか。
山形マウスを使って有用性を実証できたレブ阻害薬を、患者さんの治療に使えるように、臨床試験へ持っていきたいと考えています。
脳の働き
短期記憶は海馬で、長期記憶は大脳皮質で保存
脳に詰まっている神経細胞の数は1,200~1,500億個ともいわれています。この神経細胞はそれぞれの役目を有し、それぞれの信号は、目的に合った回路へ送られると考えられています。とはいっても、役割が明らかになっている回路はごく一部で、わかっていないもののほうがずっと多いのです。
その中で、短期記憶は海馬に一時的に蓄えられ、長期記憶は大脳皮質に保存されていることが最近解き明かされました。認知症の患者さんが食後すぐに「ご飯はまだ?」と口にするのは、海馬の機能が衰え、ちょっと前に行った行動を記憶できていないためです。
そういう人たちが、何十年も前の幼い時のことを思い出し、懐かしそうに話すのは、大脳皮質の機能がまだ保たれているからなのです。