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未来を話そう!
プロジェクト研究の紹介

幹細胞プロジェクト

造血幹細胞の基礎研究を発展させ、白血病などがんの治療法、治療薬の開発を研究しています

造血幹細胞は赤血球や白血球、血小板など血液成分を作り出す働きがあります。そして自らをコピーすることができる唯一の細胞でもあります。

私たちのプロジェクトでは造血幹細胞誕生のメカニズムを研究し、人間のiPS細胞から造血幹細胞を作り出すことを目指しています。また、造血幹細胞のほか、ケモカインというタンパク質の機能にも注目しています。

造血幹細胞の働き 造血幹細胞の役割は?
血液成分を作り出す造血幹細胞。造血幹細胞を安定的に作り出せれば、血液のがんの治療法が改善される。

幹細胞プロジェクト

原 孝彦 プロジェクトリーダーが解説します。

Takahiko HARA

Project Leader

shicitai

幹細胞プロジェクト

原 孝彦 プロジェクトリーダーが解説します。

Takahiko HARA

Project Leader

どんなことに役立つの?

iPS細胞から造血幹細胞を効率的かつ安定的に作り出す技術が確立されれば、移植用の造血幹細胞を骨髄バンクや臍帯(さいたい)血バンクに頼る必要が減り、血液のがんの治療方法が大幅に改善します。また、並行して進めてきた研究によって、T細胞性急性白血病細胞の増殖を抑える化合物と、がん免疫を活性化するケモカインを発見しました。これらは、新しいがん治療薬の開発に役立つと期待されています。

研究テーマ

造血幹細胞の基礎研究からがん治療法の開発へ

 

—— 造血幹細胞についてどのような研究をされているのでしょうか。

造血幹細胞は人体に5,000~10,000個くらいしかないのですが、自分のコピーを作り出すことができる唯一の細胞です。しかも、興味深いことに必要な時に必要な量だけを増やす能力を持っていて、がん化することなく、一生涯ほぼ同じ数を維持していきます。ほかとは性質が異なるこのミステリアスな細胞に魅せられて、私は造血幹細胞の発生の仕組みを解明する研究に長年取り組んできました。私たちのプロジェクトでは、基礎研究の成果を血液のがんの治療法開発に応用する研究を進めています。

—— たとえば、どのようなアプローチですか?

まず白血病患者の細胞移植治療を改善するために、iPS細胞から造血幹細胞を効率的に作り出す方法の研究です。白血病の治療としては20年来、骨髄バンクや臍帯血バンクの造血幹細胞を移植してきました。しかし、iPS細胞から造血幹細胞を作出する方法が確立すれば、細胞ソースの安定的供給が可能になります。

—— 造血幹細胞を作り出す研究の過程で派生した研究もあるそうですね。

LHX2という遺伝子が造血幹細胞とT細胞性白血病細胞に対して異なる作用を持つことを発見しました。この遺伝子には、造血幹細胞の分化を促進し、かつT細胞性白血病細胞を増殖させるLMO2というタンパク質を分解する働きがあるのです。2012年、大学院生に実験してもらったところ、LHX2が増えると、LMO2が分解されることで、造血幹細胞については分化が抑制されて分化前の造血幹細胞が増えました。一方、T細胞性白血病細胞は逆に増殖が抑えられることが明らかになりました。これらの発見から、LHX2の研究を始めました。

さらに造血幹細胞研究とは別に、2000年に発見されたCXCL14というケモカインの研究も以前から続けています。(コラム参照)

研究の進捗(しんちょく)状況

造血幹細胞を作る方法を模索、
白血病の治療薬開発も

—— 人間のiPS細胞から造血幹細胞を作り出す研究は、どこまで進んでいるのでしょうか。

世界中の血液学者や幹細胞の研究者が10年間奮闘してきましたが、残念ながら実現していません。人間の場合は途中で増えなくなり、分化が始まってしまうのです。私たちは、マウスのiPS細胞では、LHX2を加えることで造血幹細胞を大量に作り出せることを証明しました。しかし、同様のことは人間のiPS細胞では起こりませんでした。造血幹細胞は増えず、血液細胞の分化そのものも止まってしまったのです。これにより、人間とマウスとでは造血幹細胞を作り出すメカニズムに大きな違いがあることが明らかになりました。その違いを解明し、人間のiPS細胞が持っている障壁を取り除く、あるいは不足しているものを補いさえすれば、この難関を突破できるのではないかと考えて研究を続けています。

造血幹細胞を作り出す 造血幹細胞を作り出す
マウスと人間の造血幹細胞を作り出すメカニズムに違いがあることがわかった。この違いを解明できれば造血幹細胞を人間でも作り出せるかも。

—— T細胞性白血病の治療薬の開発はどうでしょうか。

LHX2を直接薬として使うことはできないので、同じような働きをする低分子の化合物を見つけることが必須でした。2016年、ついにそのような化合物を15万種類もの化合物の中から見つけ出し、2017年6月には電気通信大学との共同研究によって類似化合物の合成にも成功しました。白血病治療薬への道が見えてきました。これは私たちのプロジェクトの最大の成果です。

未来への展望

3年でT細胞性白血病治療薬の治験に進むことを目指す

—— 今後の研究の展望はどのようにお考えですか。

造血幹細胞を作り出す方法については、現在あらゆる手段を試しています。日本は少子高齢化のため、バンクのドナー不足が起こる可能性が高いです。できるだけ早く研究を成功させて、「造血幹細胞移植」へと進めていきたいですね。

T細胞性白血病の治療薬については、3年で治験まで進めることを目指しています。また、発見した化合物がT細胞性白血病以外の血液難病の治療にも有効かどうか、2018年から研究を開始する予定です。



プラスアルファコラム

ケモカインが
さまざまながん細胞の増殖を抑えることが明らかに

造血幹細胞の研究とともに進められてきたのが、CXCL14というケモカインの研究です。2000年に発見されたこの物質は当初、細胞を呼び寄せる機能があるだけのタンパク質と考えられてきました。しかし、CXCL14にはがん細胞の増殖を抑える働きがあり、研究室ではその仕組みを研究してきました。

2017年には、CXCL14が自然免疫系の活性化物質を免疫細胞の中へ運び込み、その結果として、T細胞とB細胞からなる獲得免疫系が活性化するという仕組みを証明しました。獲得免疫系は、白血病や大腸がんなどさまざまな種類のがん細胞の体内増殖を防いでいるがん免疫の中心です。

徳島大学との共同研究によって、77個のアミノ酸からなるCXCL14の有機合成に成功しました。現在は、より効果の強いがん治療用ワクチンアジュバント(補助剤)の開発に向けて動きだしています。