再生医療プロジェクト

宮岡 佑一郎 プロジェクトリーダーが解説します。

Yuichiro MIYAOKA

Project Leader

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再生医療プロジェクト

宮岡 佑一郎 プロジェクトリーダーが解説します。

Yuichiro MIYAOKA

Project Leader

どんなことに役立つの?

人のゲノム情報を持っているiPS細胞を使って、病気に対する治療の効果や可能性を試すことができます。

特に肝臓や血液系の遺伝病に関して、iPS細胞の遺伝情報を改変して移植する治療法の研究が進んで実用化されると、根本治療になると期待されます。

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iPS細胞とゲノム

脳にも心臓にも皮膚にも、何にでも成長できる!

—— iPS細胞は、どんなことが画期的なのですか?

宮岡私たちの体は、元々は卵子と精子が受精してできた1個の細胞でした。それが細胞分裂と増殖を繰り返し、さまざまな臓器や組織へと分化し、人間の体を作ります。

iPS細胞とは、人の皮膚などの細胞にわずかな因子を導入し、作り出された「多能性幹細胞」です。

いわば大人の細胞が発生初期の細胞に戻ったようなもので、さまざまな組織や臓器になることができます。

たとえば病気やけがなどで失われた機能を回復させるために、iPS細胞からさまざまな細胞を作り出して移植したり、疾患を培養皿の中で再現して治療法を開発するなどの再生医療が今後、期待されています。私たちのプロジェクトでは、iPS細胞とゲノム編集技術を組み合わせた研究を行っています。

—— ゲノム編集技術とは、どんな技術ですか?

宮岡人が持っている全ての遺伝情報のことをゲノムといいます。遺伝情報は細胞の中のDNAという物質にあり、DNAは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基がつながった二重らせん構造をしています。ゲノムはこの塩基が30億個集まってできており、4種類の塩基がどのような順番で並ぶかは、たとえ親子であっても異なります。いわば細胞の設計図です。

この遺伝情報のどこかを選んでA、T、G、Cの並び方を狙ったとおりに改変するのが、ゲノム編集技術です。

iPS細胞技術
iPS細胞技術は、一度分化してしまった細胞を、あらゆる細胞に分化できる細胞へと戻すもの。皮膚や血液などの細胞からiPS細胞を作製し、肝細胞などへ分化させることで、疾患を忠実に再現する人の細胞モデル(疾患モデル)の構築や、いろいろな薬の効果を検討する創薬スクリーニングなどが可能となった。また、iPS細胞から分化させた細胞による移植治療も期待されている。
新しい技術

30億分の1の塩基を見つけてDNAを正す

 

—— iPS細胞と、ゲノム編集技術はどのような関係があるのですか?

宮岡2012年以降、CRISPR/Cas9という新しいゲノム編集技術を使った研究が世界中で行われています。特にアメリカでは、西海岸のグループと東海岸のグループが競争しながら、すさまじい勢いで研究を進めています。

私は2011年から2015年まで、かつて山中伸弥先生も留学し、現在は研究室の運営もしているサンフランシスコのグラッドストーン研究所に在籍していました。その時に、
ゲノム編集技術にデジタルPCR(遺伝子増幅法)という技術を組み合わせる方法を開発しました。

デジタルPCRとは、1つ1つのDNA分子の複製を繰り返し、数を増やして塩基の並びを調べる方法です。これによって、iPS細胞の持つ30億個の塩基の中から、問題のある1つの塩基だけを置き換えることに成功しました。

—— 塩基を置き換える技術がどのように病気の治療につながるのですか?

宮岡遺伝性疾患の多くは、たった1つの塩基が、たとえばCからAに変わってしまうことで起こります。代表的なものに、血友病、小頭症、鎌状赤血球症などがあります。私たちのプロジェクトで研究を進めている肝臓の遺伝病、ウィルソン病もそうです。患者さんの皮膚などからiPS細胞を作り、病気の原因となっている変異を元の配列に戻して、細胞移植治療に使う方法を開発しています。しかし、ゲノム編集をした細胞を実際に移植するためには、精度がとても大事になってきます。私たちは、iPS細胞を使って、どれだけ正確に、効率よくゲノム編集ができるかについても研究しています。

細胞移植治療
患者さんの皮膚や血液などの細胞からiPS細胞を作製し、遺伝性疾患の原因となっている変異の部分だけを置き換える。修正された変異以外は患者さんの遺伝情報を保持しているので、細胞移植をしても拒絶反応が起きない。
未来への展望

iPS細胞とゲノム編集技術による新しい治療法を

 

—— iPS細胞のゲノム編集の研究は今後どう進んでいきますか?

宮岡患者さん由来のiPS細胞を使った移植治療では、ゲノムに不必要な傷をつけない精度の高いゲノム編集が不可欠です。

安全面の課題とともに、オーダーメイド治療であることから、非常にコストがかかるという課題があります。

一方、iPS細胞を使って培養皿の中で遺伝性疾患を再現し、発症メカニズムを解析したり、いろいろな薬を試して創薬に活用したりする研究も進んでいます。私たちのプロジェクトでは、健康な人由来のiPS細胞に心臓病の原因となる1塩基の変異を導入し、病気の心臓で起きていることを培養皿の中で再現して、治療法の開発につなげる研究を進めています。

—— 病気の治療法が根本的に変わる?

宮岡iPS細胞とゲノム編集による疾患の治療は、遺伝情報を変えるという生命現象の根幹に関わる治療法であり、これまでの治療法とは基本コンセプトがまったく異なります。さまざまな遺伝性疾患に幅広く応用できることは間違いありません。今後は、実際にどのように移植するかが問題になるでしょう。さらに精度の高いゲノム編集の技術を開発し、治療につなげたいと思っています。


プラスアルファコラム

iPS細胞のライバル!?
先行するES細胞は倫理的課題が

iPS細胞と同じ多能性幹細胞として、「ES細胞」(胚性幹細胞)があります。

iPS細胞より歴史は古く、ES細胞の樹立に成功した1988年当時は、再生医療への期待が高まりました。

iPS細胞が人間の皮膚などから作られるのに対し、ES細胞は卵子と精子を受精させ、発生の初期段階の胚を壊して作られます。つまり、人間になる可能性のある受精卵を壊すのですから、倫理的な問題がないとはいえません。

その点、iPS細胞は倫理的な問題は少なく、ES細胞と違って自分自身の細胞を使えるので拒絶反応の心配もありません。なお、最近では、免疫の拒絶反応が低い人の細胞を利用して、多くの患者さんに提供できるようにiPS細胞を備蓄する方法も研究されています。