未来を話そう!
プロジェクト研究の紹介
体内時計プロジェクト
体内時計が約24時間周期でリズムを刻む仕組みを分子レベルで解明し、この理解をさまざまな病気や老化現象の克服につなげていきたいと考えています

私たちの体には全身の細胞1つ1つの中に概ね1日の周期でリズムを刻む体内時計 =「概日時計」が備わっています。概日時計は、時計遺伝子の「転写フィードバック制御」という分子レベルの仕組みが基本骨格となっています。さらに新たな仮説をもとに、概日時計の破綻によって起こる病気や、老化・寿命についての研究を進めています。
体内時計プロジェクト
吉種 光 プロジェクトリーダーが解説します。
Hikari YOSHITANE
Project Leader

体内時計プロジェクト
吉種 光 プロジェクトリーダーが解説します。
Hikari YOSHITANE
Project Leader
どんなことに役立つの?
グローバル社会では海外を行き来することも珍しくありませんが、時差ぼけが常態化している人は、不眠、うつ病、代謝異常、がん、高血圧、免疫力低下などのリスクが高まります。夜勤やシフト勤務をする人にも同様のリスクがあります。この研究が進むと、概日時計の破綻によるこうしたさまざまな病気のリスクを軽減できます。

体内時計って何?
朝になると
ゲノムの特定の配列に結合してタンパク質を作る
—— 私たちの体の中で、体内時計はどんな役割を果たしているのですか?
吉種地球の環境は24時間周期でダイナミックに変動しますが、地球上に住んでいる生物には、この環境変動に適応するために概日時計が備わっています。朝になると目覚め、夜になると眠るというリズムだけでなく、体温やホルモン分泌、代謝の活性なども規則的なリズムを刻んでいます。
私たちのプロジェクトでは、この概日時計のメカニズムを分子レベルで解析するための基礎研究を進めています。
—— どのような仕組みで24時間周期を繰り返しているのでしょうか?
吉種概日時計の仕組みに大きく関わっているのが、CLOCK(クロック)と BMAL1(ビーマルワン)と呼ばれる2つのタンパク質です。朝になると2つが合体してアクセルを踏んだ状態となり、ゲノム上に特定の配列を見つけると結合してその周辺の遺伝子の転写*を活性化します。ゲノムを辞書に例えるなら、「このページを開いて」と指示を出すわけです。開いたページにはタンパク質を作るためのレシピが書かれていて、中でもPer(パー)とCry(クライ)という時計遺伝子が重要な役割を果たします。細胞の中で次々とPERやCRYタンパク質が作られ、夜になって溜まってくると、自分のレシピが書かれた辞書のページを閉じてしまいます。するとPERとCRYタンパク質は作られなくなり、分解されて少なくなっていきます。次の朝になるとPERとCRY によるブレーキが解除されてCLOCKと BMAL1がまたアクセルを踏めるようになる、という繰り返しです。
この転写フィードバック制御がなぜ24時間という時を正確に計ることができるのかを理解したいと思い研究を重ねています。
- *転写:
- 遺伝情報の設計図を持つDNAはすべての細胞内にあるが、タンパク質を作る過程でDNAの配列情報がmRNA*(メッセンジャーRNA)に写し取られる。DNAの塩基(A、T、G、C)は転写によりmRNAの塩基(A、U、G、C)に合成される。これを転写という。mRNAがタンパク質を合成する過程は翻訳と呼ばれる。新型コロナウイルス感染症のmRNAワクチンは、ウイルスのタンパク質の元になるmRNAの状態で接種し、体内で翻訳され抗原タンパク質が合成される。

概日時計と病気・老化の関係
概日時計の不調で引き起こされる病気は
老化現象に似ている
—— 概日時計の狂いは、私たちの体にどのように影響するのでしょうか
吉種海外旅行に行くと時差ぼけを起こす人がいますが、これはまさに概日時計が破綻している状態。また、深夜に働くコンビニの店員、警備員、医療・介護従事者など、生活リズムが崩れがちな人は、概日時計の不調が懸念されます。
概日時計に狂いが生じると、睡眠障害、代謝異常、発がんリスクの増大、免疫力の低下、うつ病、高血圧、肥満などを引き起こす恐れがあります。
—— 概日時計の狂いが体に悪影響を及ぼすのですね。
吉種研究を進めるうちに、概日時計と老化との関係も徐々にわかりつつあります。概日時計の機能不全によるさまざまな症状は、加齢に伴う生理機能の低下や疾病などの老化現象と似ています。
例えば、転写フィードバックを促すBMAL1を欠損させると、早期に老化し、寿命も短縮することがわかっています。つまり、概日時計が破綻すると、老化が加速するのではないかという仮説を立てています。

未来への展望
腕時計のクオーツと同じような仕組みが
備わっている!?
—— 破綻した概日時計は治せるのですか?
吉種みなさんが身につけている腕時計の多くはクオーツ式で、小さな水晶(クオーツ)に電圧をかけると決まったリズムで振動する性質を利用し、1秒ごとに時計の針が正確な時を刻んでいます。
私たちの研究でいうと、転写フィードバック制御とは、腕時計でいうクオーツの振動を外部に伝える、時計の針の役割を担っているのではないかと考えています。転写がうまくできないために引き起こされるさまざまな病気は、腕時計でいえば、クオーツの部分ではなく、時計の針が取れてしまうタイプの故障といえるかもしれません。
というのも、転写リズムがない状態の真核生物にも、24時間周期のリズムが報告されているからです。
私たちは転写フィードバック制御以外に時計を回している仕組みを探っており、それが腕時計のクオーツにあたるのではないかという仮説を立てています。分子間相互作用、翻訳後修飾、酸素活性、立体構造変化などのタンパク質ダイナミクスが概日時計のクオーツとして機能しているのかもしれません。
—— 概日時計の心臓部であるクオーツの仕組みが解明できたら、どのようなことが期待できますか?
吉種概日時計のクオーツの仕組みが理解できれば、時差ぼけや概日時計の破綻による病気に対する薬を創り出すことも可能だと考えています。
また、さまざまな老化現象が概日時計の不調によるリズム出力の異常だとすると、概日時計の心臓部であるクオーツがきちんと動くようにすれば克服できるはずです。私たちのこの研究が実を結べば、超高齢社会の日本において健康寿命が延びることも夢ではありません。アンチエイジングにも大いに貢献できるでしょう。


毎日1回の調整で24時間周期をキープ
夏と冬でも変わりはないの?

概日時計は、誰でもぴったり24時間とは限りません。23.8 時間の人もいれば、24.2 時間の人もいます。さらに人の体を構成する約37兆個の細胞ごとにも少しずつずれが生じています。
そのままにしておくと、どんどんずれが大きくなっていくわけですが、体の中にはこのずれを24時間に合わせる機能が備わっています。そのリーダー的役割を担うのが、両目の奥の視神経が交わる場所、脳の視床下部にある「視交叉上核(しこうさじょうかく)」です。朝目覚めて目に入ってくる光が、視交叉上核の神経細胞に届き、それぞれのリズムを刻んでいた全身の細胞の時計を一斉に合わせるというわけです。ですから、夜、暗い場所でスマートフォンの画面を見たりしていると、視交叉上核を混乱させてしまいます。
また、夏と冬では太陽が出ている時間が異なりますが、24時間のリズムを刻む概日時計が狂ってしまうことはないと思われます。季節のような長い時間軸の体内時計や、動物の昼行性・夜行性を決める仕組みなど、体内時計には概日時計だけではないさまざまな「時」を計る仕組みがあると考えられます。
