Topics

研究成果

* トピックス2

- 米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the U.S.A.」で研究成果を発表 -

視神経の再生メカニズムを解明

視覚病態プロジェクトでは国立精神・神経センター、テキサス大学などとの共同研究において、視神経再生の新たなメカニズムを解明し、マウスにおいて再生を促進することに成功しました。

この研究成果は、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the U.S.A.」オンライン版 で2010年4月に発表されました。

研究の背景

我が国における失明原因は、その多くが網膜や視神経の変性疾患で占められています。また眼外傷などが原因で視神経が損傷を受けた場合でも、現状では視神経や眼球をまるごと作り出したり、失われた視覚機能を取り戻すことは困難です。そこで変性中の視神経線維を再び伸ばす方法がわかれば、こうした疾患の治療に一歩近づける可能性が出てきます。

研究の概要と成果

視神経線維とは網膜神経節細胞の一部で、細胞体から長く伸びた突起(軸索)のことです(図1)。この線維が約100万本集まって、視神経を形成しています(図2)。

図1 神経細胞の形態
図1 神経細胞の形態

細胞体から出た軸索は、その先端にある手のひら状の構造(成長円錐)が活発に運動することで伸長していく。

図2 視神経の構造
図2 視神経の構造

網膜神経節細胞は網膜の内側に位置する神経細胞である。視神経はこの網膜神経節細胞の軸索の集合体であり、視覚情報を網膜(眼球)から脳へと伝達している。

視神経は網膜で受け取った視覚情報を脳に連絡するコードのような働きをしていますが、事故などで視神経が損傷を受けると、損傷部位から脳側(眼球とは反対側)に向かって変性が始まります。しかしその場合でも、網膜神経節細胞の細胞体は、一定の期間は正常であることがわかっています。したがってこの時期に軸索を再生することができれば、視覚機能を回復させることが可能です。

我々はグアニンヌクレオチド交換因子*1のひとつであるDock3という分子を調べる過程で、Dock3を視神経の先端部にある成長円錐*2に集積させることにより、視神経の伸長が可能になることを見出しました。実際にDock3遺伝子が強く発現するマウスを作製して、視神経に傷をつけてみたところ、普通のマウスよりも視神経の再生が促進されることがわかりました(図3)。そのメカニズムとしてはDock3が、成長円錐の運動性を高めるWAVE*3と呼ばれる分子と直接結合し、積極的に細胞膜に輸送することが予想されます。

図3 視神経損傷後の軸索再生
図3 視神経損傷後の軸索再生

Dock3を強く発現するマウス(右)では普通のマウス(左)に比べて、視神経に傷をつけた部分(点線)から脳側への軸索再生が顕著であった。

研究の意義

視神経が変性を起こす病気としては、我が国における最大の失明原因である緑内障などがあげられます。緑内障では視神経変性によって視野欠損が進行する(見える範囲が狭まる)ことが問題となっています。将来的にDock3などの遺伝子治療が可能になれば、細胞体が生き残っている網膜神経節細胞の軸索再生に応用できるかもしれません。 我々の研究室では2007年に、日本人に最も多い緑内障である「正常眼圧緑内障」のモデル動物を作製して、研究を継続しています。今後はこうしたモデル動物に対するDock3の治療効果を、さらに詳しく検討していきたいと考えています。

用語説明

*1 グアニンヌクレオチド交換因子 (Guanine nucleotide exchange factor; GEF):
細胞内シグナル伝達に関与するGタンパク質に作用し、GDPとGTPとの交換を促進するタンパク群の一つ。Dock3の場合はRacと呼ばれるGタンパク質を活性化することが知られています。
*2 成長円錐:
伸長しつつある軸索の先端に存在する手のひら状の構造。成長円錐は非常に運動性の高い構造物であり、軸索伸長の原動力となります。
*3 WAVE (WASP family verprolin-homologous protein):
アクチン重合を制御し、細胞骨格構築に関与するタンパク。重合したアクチンはアクチンフィラメントとなり、その収縮・伸長が細胞の形や成長円錐の運動性などに影響を与えることになります。

論文名

Namekata K, Harada C, Taya C, Guo X, Kimura H, Parada LF, Harada T.
Dock3 induces axonal outgrowth by stimulating membrane recruitment of the WAVE complex.
Proceedings of the National Academy of Sciences of the U.S.A. 107: 7586-7591, 2010.


本研究の成果は平成22年5月2日 毎日新聞朝刊、河北新報、信濃毎日新聞、中部経済新聞、大分合同新聞、Yahooトピックスなどで報道された。

ページトップへもどる