依存症重症度評価系研究


薬物・アルコールなどの物質依存症は近年ますます深刻な問題となっていますが、わが国における依存症研究は未だ十分とは言えません。 当プロジェクトチームでは依存症治療法の改善を目指して、基礎研究チームと臨床研究チームが双方の得意分野を活かして研究に取り組んでいます。


基礎研究チームは (1)モデルマウスを用いて依存症の分子メカニズムを解明するとともに、 (2)行動実験による候補治療薬の探索を行っています。一方臨床研究チームでは、 (3)依存症者を対象として客観的な症状評価を行うための評価系の開発に取り組み、 (4)最終的に候補治療薬の効果検討のための臨床研究につなげています。

基礎研究で得られた知見を臨床応用していくにあたっては、客観的・定量的な形で依存症者の状態を評価するシステムが必要です。しかしわが国の薬物依存症臨床研究は萌芽段階にあり、エビデンスに基づく臨床評価が不十分な部分がありました。

そこで当プロジェクトチームが中心となり、依存症の重症度や臨床状態を把握するための評価系の開発や標準化を実施しました。 ひとつには、依存症重症度を多面的に評価する構造化面接として世界的に定評のある嗜癖重症度指標(Addiction Severity Index: ASI)の日本語版ASI-Jの作成・標準化を行いました。 依存症患者100名以上[1]およびアルコール依存患者350例以上[2]を対象に調査を実施し、尺度の妥当性・信頼性を確認して標準化を完了させるとともに、その有用性を検証しました。 妥当性の一つとして、ASI-Jの薬物使用状況領域での重症度と、断薬日数、薬物への渇望感、6か月後の再使用との間に有意な関連が認められました (図2) 。

また臨床上極めて重要な因子である薬物再使用リスクに特化して重症度を評価するために、刺激薬物再使用リスク評価尺度(Stimulant Relapse Risk Scale: SRRS)[3]およびアルコール再飲酒リスク評価尺度(Alcohol Relapse Risk Sc ale: ARRS)[4]を独自に開発しました。 依存症患者100名以上およびアルコール依存患者200例以上を対象に調査を実施し、尺度の妥当性・信頼性を確認して標準化を完了させるとともに、その有用性を検証しました。SRRS/ARRSについては、尺度の合計平均と3ヵ月後、1ヵ月後の再使用がいずれも有意な関連を示していました。 抽出された5つの下位尺度においては、SRRSは「再使用への不安」、ARRSは「刺激脆弱性」が最も再使用を予測していました。

ASI-JとSRRS/ARRSを用いることにより、薬物依存患者の重症度、特に再使用リスクを客観的・定量的なかたちで詳細に評価することが可能になりました。現在はこれらの評価系をさまざまな依存症臨床研究に応用しています。 代表的なのは依存症に対するさまざまな治療法の効果測定研究です。 基礎研究で明らかになった治療候補薬の依存症再発予防効果に関する研究や、依存症者に対する短期介入などの心理的な治療法の効果測定にこれらの評価系が既に用いられており、今後も幅広い応用が期待されるところです。 なお、ASI-JとSRRS/ARRSは、当プロジェクトのホームページ上より無償でダウンロード可能です。

ASI : 嗜癖重症度指標(Addiction Severity Index)


SRRS : 刺激薬物再使用リスク評価尺度(Stimulant Relapse Risk Scale)

ARRS : アルコール再飲酒リスク評価尺度(Alcohol Relapse Risk Scale)