発達障害研究

発達障害は、DSM-5*においては神経発達症群/神経発達障害群と記され、発達期に発症する一群の疾患と記されています。 この疾患には、知的障害、学習障害、自閉症スペクトラム障害/自閉スペクトラム症(以下、自閉症)や注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害(以下、注意欠如・多動症)などが含まれます。 本研究室においては、自閉症と注意欠如・多動症に着目し、病態解明と薬物治療の開発を目指し、モデルマウスを用いて行動薬理学的に研究を推進しています。
*DSM-5: American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, DSM‒5. 精神疾患の診断・統計マニュアルのこと。2013年に第5版が出版された。

自閉症


自閉症の症状には、対人相互関係の質的障害、コミュニケーション障害、繰り返し行動、常同行動、興味の限局、感覚刺激に対する反応の亢進あるいは低下を示すことがあげられます (1)。 自閉症は遺伝子における異常や、胎内における感染・神経毒への曝露、また他の疾患と合併して発症することが知られています (2)。 さらに、神経系以外での表現型を示しますが、高い確率で自閉症を合併する自閉症スペクトラム障害関連症候群が存在します。 これらの症候群には、脆弱X症候群や結節性硬化症などが含まれています (3)。 しかしながら、自閉症の病態や根本的な治療法は未だ明らかにはなっていません。 現在、様々な自閉症モデル動物が作製され研究が進められています。

結節性硬化症は、皮膚症状、神経症状及び全身の過誤腫からなる難治性疾患です。 この疾患はmTORシグナル系に存在するTSC1(Tuberous sclerosis complex 1)、TSC2(Tuberous sclerosis complex 2)遺伝子のヘテロ変異によって引き起こされます (4)。 結節性硬化症の患者は自閉症を高い確率で発症するため、社会生活が著しく困難になります。 本研究室では、Tsc1+/-、Tsc2+/-マウスを用いて研究を行っています。 結節性硬化症に合併する腫瘍の治療にはmTOR阻害剤が有効ですが、成熟したTsc1+/-、Tsc2+/-マウスにmTOR阻害剤を投与すると、社会性行動に改善が見られることを当研究室において示しました (5)。 現在は、Tsc1+/-、Tsc2+/-マウスにおけるmTOR阻害剤の効果をより詳細に調べ、また他の自閉症モデルマウスも用いて研究を推進しています。

【図1. 社会性行動試験】


Tsc1+/-、Tsc2+/-マウスにmTOR阻害剤であるRapamycinを投与すると、社会性行動に改善が見られた。(文献5より改変)

注意欠如・多動症


DATは、神経細胞の終末の前シナプスから放出されたドーパミンを、細胞内に再取り込みする働きをしています。 DATKOマウスではドーパミンが取り込まれず、細胞外のドーパミン濃度が高くなり、ドーパミン神経伝達が亢進します。 これに起因して、DATKOマウスは、多動、注意欠如、学習障害、衝動性など顕著なADHD様注意欠如・多動症は、年齢や発達に不相応な不注意、多動性、衝動性を示し、7歳未満で診断されます(1)。 注意欠如・多動症の発症は、遺伝要因、周産期障害、胎生期におけるアルコールへの曝露などがあげられます(1)。 病態のメカニズムは未だ明確にはなっていませんが、中枢神経刺激薬であるメチルフェニデート(MPH: methylphenidate)が患者に有効なことから、ドーパミンが病態に関与していることが示されています。 注意欠如・多動症のモデルマウスは複数作成、解析されていますが (6)、中でもドーパミントランスポーター(DAT: Dopamine transporter)の欠損マウスは、顕著に多動を示し、MPHによって多動が抑制されることが示されました (7)。 当研究室においてはDAT欠損マウスの移所運動量の増加はMPHによって抑制されること、能動回避試験における回避率が増加し注意欠如が改善すること (図2)、 前頭前野におけるドーパミンが増加することを示しました (8)。現在、DAT欠損マウスの詳細な解析を行い、注意欠如・多動症の病態メカニズムや治療薬の作用機序の解明に向けて研究を推進しています。

【図2. 能動回避試験】



DAT欠損マウスにMPHを投与すると、回避率が増加し、注意欠如に改善が見られた。(文献8より改変)