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2023/5/16

睡眠不足によるワクチン接種後の抗体反応低下

文責:橋本 款
図1.

現在、我々は、2019年12月より繰り返す新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックをどうにか乗り越えつつありますが、その大きな理由の一つは、幸運にもワクチンの予防接種が功を奏したからと言ってよいでしょう。実際、COVID-19に限らず、ワクチン接種による予防治療*1 が多くの感染症に有効であることが示されて来ましたが、接種を受ける個人の免疫力に依存してワクチンの効果は異なることが経験的に知られています。先天的に遺伝子が機能的欠損にしているケースから、癌の放射線治療や重篤な疾患による低栄養状態などによる後天的なもの含め、免疫機能の低下は種々の原因で引き起こされます。さらに、他の感染症による免役系の攪乱など影響も無視できません。これらに加えて、最近、注目されているのが、ワクチン効率における睡眠の役割です(図1)。これに関連して、今回、フランス国立衛生医学研究所のKarine Spiegel博士らを中心とした国際的な研究チームは、「ワクチン接種前後の睡眠時間が短いとワクチンの効き目が弱まってしまう」という研究結果を得てCurrent Biology誌に報告しましたので、その論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Spiegel K et al., A meta-analysis of the associations between insufficient sleep duration and antibody response to vaccination, Curr Biol 2023 Mar 13;33(5):998-1005.e2.


【背景・目的】

以前に、論文の筆頭著者Karine Spiegel博士は、最終著者である米国シカゴ大学のVan Cauter博士とともに、睡眠のインフルエンザワクチンへの影響に関する研究を発表した(Spiegel et al, JAMA 2002)。この論文では、睡眠時間が制限された人では、ワクチン接種後10日目の抗体レベルが対照群の約半分になることを報告していた。本研究の目的は、メタアナリシス*2 によりこの知見をアップデートすることである。

【方法】

上記の目的のために、ウイルス感染症(インフルエンザ、A型・B型肝炎)のワクチンに関する7件の研究結果をPubMedより抽出・統合して、睡眠時間と抗体反応との関連性を検討した。

【結果】

  • 18~85歳の504人を対象に、自己報告による不十分な睡眠(6時間未満と定義)とワクチン接種後の抗体反応の低下との関連を検討したところ、事前に設定した統計学的有意水準に到達しなかった。しかし、全般的に睡眠時間が短い傾向がある65歳以上の高齢者のみを対象にした研究を除外し、18〜60歳の299人を対象に解析した場合に、関連性は有意であった。
  • さらに、ウェアラブルデバイス*3 などで睡眠時間を客観的に評価した研究を対象に解析すると(解析対象者304人)、ワクチン接種前後の6時間未満の睡眠時間とワクチン接種後の免疫反応の低下との間に強い関連が認められた。
  • しかし男女別に解析すると、関連性が有意だったのは男性のみで、女性では有意ではなかった。研究グループはこの理由を、女性ではホルモン値の変動が大きいためではないかとしている。「免疫に関する研究から、性ホルモンが免疫系に影響を及ぼすことが明らかにされている。女性の場合、月経周期、避妊薬の使用、閉経期や閉経後などの状態により免疫が影響を受けるが、今回、解析対象とした研究の中に、性ホルモン値に関するデータを扱っているものはなかった。
  • このメタアナリシスの結果と、ファイザー社製のCOVID-19ワクチン接種後の抗体反応に関する既存のデータを照らし合わせた上で、6時間未満の不十分な睡眠が抗体反応の低下にもたらす影響は、ワクチン接種後2カ月間での抗体減少に相当すると見積もられた。

【結論】

ワクチン接種前後の睡眠時間が短いとワクチンの効力が弱まる可能性があるので注意する必要がある。

用語の解説

*1.ワクチン接種による予防治療
ワクチンは感染症予防において最も重要かつ効率的な手段であり、世界各国でワクチンの予防接種が行われている。ワクチンはとくに抗生物質の効かないウイルス性の感染症に効果がある上、細菌性の感染症で増大している薬剤耐性菌の対策の関係上、予防医学において特に重視されている。予防は感染者の治療よりも費用対効果が高いため、ワクチンで予防できる病気はワクチンで予防することが望ましいとされ、特に米国などではこの考え方が強い。
*2.メタアナリシス(meta-analysis)
複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析のことである。メタ分析、メタ解析とも言う。
*3.ウェアラブルデバイス(wearable device)
手首や腕、頭などに装着するコンピューターデバイスである。代表的なウェアラブルデバイスの例として、腕時計のように手首に装着するスマートウォッチ、あるいはメガネのように装着するスマートグラスが挙げられる。

今回の論文のポイント

  • 興味深いことに、ワクチン接種前後の不十分な睡眠は、ワクチン接種後の抗体反応を低下させる可能性のあることが示されました。免疫力における睡眠の重要性に関しては以前より言われていましたし、インフルエンザウイルスワクチンの効率と睡眠の関連性は以前から指摘されていたので、本研究結果がまったくもって新しい話というわけではありません。それでも、多くの場合、接種を受ける個人の行動で解決できる問題ですので、十分に認識することが必要です。
  • 他方で、睡眠障害は、ストレスと相互に作用し、さらに、II型糖尿病や高血圧、肥満などの生活習慣病や認知症との関連性が明らかにされて来ましたが、これらの疾患の有無も睡眠障害による免疫力の低下からワクチンの効率に問題を来たす可能性があります。

文献1
Spiegel K et al., A meta-analysis of the associations between insufficient sleep duration and antibody response to vaccination, Curr Biol 2023 Mar 13;33(5):998-1005.e2.