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2024/3/21

ストレスがうつ病を促進するメカニズム

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 慢性ストレスにさらされたマウスは、末梢血の単球におけるマトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP8)*1 の発現が増加する。
  • 慢性ストレスにより、単球が脳内の側坐核*2 に侵入し、末梢血の単球で増えたMMP8が側坐核微細構造を変化させことにより、鬱様行動を誘導する。
  • 末梢血のMMP8を抑える事で、ストレスによる鬱病などを防げるかもしれない。
図1.

現代は、科学技術が発達し、より便利で快適な生活ができるようになりましたが、その一方で、現代社会は、ストレス社会と言われ、ストレスが多くの疾患を促進することがわかってきました。中でも、過酷な労働条件、人間関係のトラブルなどのいくつかの要因がストレスになり、それが引き金になってうつ病を発症することが多いと言われています。職場においては、ストレスの重大性が認識された結果、定期的にストレスチェックが行われ、過剰なストレスが疑われる場合は産業医の診察を受けられるようになりました。このようにして、ストレスによるうつ病などの発症の防止には一定の効果が認められたと思われますが、そのメカニズムが不明である以上、治療も消極的にならざるを得ず、うつ病に対しては、職場においては、配置転換、労働時間の短縮などが行われ、従来の薬物療法が行われるに過ぎません。また、ストレスチェックや産業医の診察も、ややもすれば、主観的になる可能性があることを否定できません。したがって、ストレスによるうつ病などの発症のメカニズムを分子レベルで理解し、それに基づいた治療を行う必要があると思われます。このような状況で、ニューヨークのマウントサイナイ医科大学のFlurin Cathomas博士らは、慢性的なストレスにより、末梢血の単球におけるMMP8の発現が上がり、MMP8が脳内に侵入して微細構造を変化させ、それがうつ病の原因となることを示し(図1)、Natureに報告しました(文献1)。これらの結果は、MMP8がストレスによるうつ病などの発症に対するバイオマーカーとしても有用で、治療標的になる可能性を示唆し、今後の展開が注目されます。


文献1.
Circulating myeloid-derived MMP8 in stress susceptibility and depression, Cathomas F et al. Nature 626, 1108–1115 (2024)


【背景・目的】

精神的なストレスは、脳や免疫系に重大な影響があると考えられている。多くの前臨床的、及び、臨床的な研究は末梢の免疫細胞系の変化が大うつ病などストレスに関連した疾患とリンクしていることを示してきたが、そのメカニズムは不明であり、それを理解することが本研究の目的である。

【方法・結果】

  • ヒトでは、大うつ病の患者さんの血清で、単球由来のMMP8の発現が増していた。同様に、マウスでは社会的敗北処理による慢性的なストレス*3 の影響を受けやすいマウス(CSDS)でMMP8の発現が増していた。これに一致して、末梢血では、マウスで、炎症物質のLy6Chi+単球*4 や好中球の数が増えており、B細胞の数は逆に減っていた。また、大うつ病の患者さんの末梢血でも同様の傾向が見られた。
  • マウス脳内では、炎症物質のLy6Chi+単球の数が増えていた。
  • 慢性的なストレスを受けたマウスとコントロールマウスの脳内のLy6Chi+単球のプロファイルを比較すると、前者ではMMP8などの発現が上がっており、GO解析*5 では細胞外スペース関係遺伝子群に変化が起こっていた。
  • マウスで増えた単球が、脳に影響するかどうか、マウスの脳を透明化し、ライトシート顕微鏡で観察したところ、単球は脳内の側坐核に集まっているのが観察された。
  • マウスにおけるMMP8の増加は、側座核における細胞外腔の変化、神経生理学的変化、同様、個体レベルにおける社会行動の変化を伴っていた。
  • 血漿中で上昇しているMMP8が、慢性ストレスマウスの行動変化に影響するのかどうかを調べるため、ストレス化マウスにリコンビナントMMP8を注入した。その結果、MMP8注入により、マウスの社会的興味が削がれる様子が確認できた。

【結論】

これらの研究結果は、ストレスという点から見ると、末梢の免疫系の因子が中枢神経系の機能や個体の行動に影響を及ぼすことを確立するものである。末梢系の免疫細胞由来のMMPが、ストレスによるうつ病などの発症の防止をする治療法における新しい治療標的になるかも知れない。

用語の解説

*1.マトリックスメタロプロテイナーゼ8 (matrix metalloproteinase 8; MMP8)
MMP-8は、好中球コラゲナーゼとしても知られる、マトリックスメタロプロテイナーゼファミリー(MMP)ファミリーのメンバーである。MMP-8は、胎膜に強度を付与する線維性コラーゲンを分解し、白血球や絨毛性細胞栄養膜細胞で発現することが報告されている。
*2.惻坐核(nucleus accumbens, NAc)
報酬・快感・嗜癖・恐怖に重要な役割を果たすと考えられている側坐核は両側の大脳半球に一つずつ存在する。尾状核頭と被殻前部が透明中隔の外側で接する場所に位置する。側坐核は嗅結節などとともに腹側線条体の一部である。側坐核は「core」と「shell」という、構造的にも機能的にも異なる二つの構造に分類される。側坐核の神経細胞のうち約95%はGABA産生性の中型有棘神経細胞であり、出力される投射は側坐核からの出力のうち最も主要である。他にはコリン作動性の大型無棘細胞が存在する。
*3.社会的敗北処理による慢性ストレス(chronic social defeat stress, CSDS)
C57BL/6Jマウス(7週齢)を、攻撃マウス(生殖期を過ぎたオスのCD-1マウス4-6ヶ月齢、3日間のスコアで攻撃性を確認)と同じケージに入れ、C57BL/6Jマウスに社会的敗北感を与えた。具体的には、社会的敗北マウスと攻撃マウスを10日間、毎日10分ずつ直接コンタクトをとらせ、以降は、ケージをプレキシガラスで区切って、マウス同士がお互いに見える状態にし、社会的敗北マウスに対して視覚的にストレスを与えた。
*4.Ly6Chi+単球
マウスにおいて、血液中の炎症性単球由来のマクロファージは形態や機能により、3つのサブタイプ(Ly6Chi、Ly6Cint と Ly6Clow 細胞)に分けられる。Ly6Chi細胞は従来の M1 単球・マクロファージに近い形質を持ち、組織へ遊走し、炎症を惹起し、抗菌、抗ウイルス作用を発揮する。一方、Ly6Clo 細胞は抗炎症、創傷治癒等の作用がある M2 単球・マクロファージに近い形質を持っていると考えられている。Ly6Chi 単球は CC ケモカイン受容体を介して骨髄から血液へ流入し、Ly6Clo 細胞へ分化する。さらに、Ly6Clo マクロファージはケモカイン受容体 CX3CR1 を介して組織へリクルートされ、組織マクロファージとして存在すると考えられている。しかし、一方で最近の研究では組織マクロファージは卵黄嚢または胎児肝細胞に由来することがあり、さらに局所で自己再生することがあると示されている。Ly6Cint 単球・マクロファージは定常状態において Ly6Chi サブタイプから Ly6Clo サブタイプに分化する過程で見られる不安定な中間状態であると考えられている。
*5.GO解析
GO解析(Gene Ontologyエンリッチメント解析、Gene Ontology解析、GO analysis、Gene Ontology analysis)とは、ある遺伝子のリストにおいて、遺伝子全体と比較して有意に多く観測される遺伝子機能を抽出する解析手法です。RNA-Seq解析において、発現が変動した遺伝子群を抽出した際に、その遺伝子群がどのような機能に関与しているのかを解釈するためによく実施される。

文献1
Circulating myeloid-derived MMP8 in stress susceptibility and depression, Cathomas F et al. Nature 626, 1108–1115 (2024)