新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2021/5/18

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬開発

文責:橋本 款

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するワクチンの予防接種は順調に進んでいますが、その一方で、SARS-CoV-2の遺伝子変異の結果、ワクチンの効果が減弱する可能性が懸念されています。この問題を解決するためには、ウイルスの変異の影響を受けにくい治療薬を開発する必要があります。今回は、まず、COVID-19治療薬開発の現状を理解することを目的とし、世界保健機構 (World Health Organization: WHO)から定期的に発表されている記事の最新号(文献1)と治療薬開発に関するコメント論文(文献2)を紹介致します。


文献1
Therapeutics and COVID-19: living guideline, by WHO, 31 March 2021,


「COVID-19とその治療法に関する生活指針」に述べられたWHOの最近の見解は以下の通りです。

① 臨床試験の結果、Ivermectin(マクロライド類に属する環状ラクトン経口駆虫薬。腸管糞線虫症の経口駆虫薬、疥癬、毛包虫症の治療薬でもある)は推奨しない (2021年3月31日) 。

② 病状にかかわらず、Hydroquinone (二価フェノール、特に美容ではハイドロキノンと表記されることが多い) は推奨しない (2020年12月17日) 。

③ 病状にかかわらず、Lopinavir/Ritonavir(HIVやC型肝炎の治療に用いられるプロテアーゼ阻害剤)は推奨しない (2020年12月17日) 。

④ COVID-19で入院した患者に対してRemdesivir(エボラ出血熱などの治療に開発中の核酸アナログ)は推奨しない (2020年11月20日) 。

⑤ 重篤なCOVID-19 に対してCorticosteroidの全身投与を推奨する (2020年9月2日) 。

⑥ 重篤でないCOVID-19に対しては、条件に応じたCorticosteroidの全身投与を推奨する (2020年9月2日) 。

⑦ その他、 IL6-ブロッカー、コルヒチン、モノクローナル抗体、抗凝固剤、ビタミンDなどを推奨する (2021年3月31日) 。

文献2
Where are we with drug treatments for covid-19? By Chris Baraniuk
BMJ 2021; 373 (Published 07 May 2021)


❶ 行き詰まる治験の結果

新型コロナ感染症治療薬に関する多くの治験 (大規模; ~数十, 小規模; ~数百) が世界中で行なわれてきた。中でも、2020年3月より始まった大型プロジェクト「Recovery」(参加者数40,000人; Dexamethasone, Tocilizumab, Azithromycin, Convalescent plasma)は英国主体で行なわれており、英国がこの分野の世界のリーダーであると言ってよいかも知れない。しかしながら、専門家はこのプロジェクトをこれ以上継続することに対して懐疑的である。また、WHOが30カ国を率いて推進してきた「Solidarity」(参加者数12,000人; Remdesivir, Hydroxychloroquine, Lopinavir)も2020年1月を最後に目覚ましい成果は得られていない。

❷ どのようなタイプの新型コロナ感染症の治療薬が考えられているか?

  • SARS-CoV-2ウイルスを直接、減弱させて人体での活動を抑えることが望ましい。
  • 病気の進行期に免疫の過剰反応などを抑え、ウイルスが原因となる症状を間接的に抑える(etc. 抗炎症作用、抗凝固作用)。
  • 概して、新しく開発する(bespoke)よりも、 別の疾患の治療目的に開発された既存の薬剤の再利用(repurposing)を検討することが多い。これにより、新たな薬剤の開発に要する時間を短縮し、医療費の削減を期待する。

❸ 現時点で、効果がありそうな治療薬。

i) Corticosteroids

  • いろいろ議論されて来たが、重篤なCOVID-19における抗炎症作用は最も優れている。安価で利用しやすい。
  • 実際、「Recovery」のうち重篤な6,500人にDexamethasoneを投与した結果、その有効性が確認された。
  • 英国の国民保健サービス(NHS: National Health Service)は、重篤な患者に対するCorticosteroidの使用を推奨した。
  • WHOのワーキンググループReactは、Dexamethasoneの代わりに別のCorticosteroidであるHydrocortisoneを代用することも推奨した。

ii) 抗体医薬;

IL-6受容体モノクローナル抗体であるTocilizumabは、以前より関節リウマチなどの治療薬として用いられている。Tocilizumabは、Dexamethasoneに比べて高価であるが、NHSは、TocilizumabとDexamethasoneの併用を推奨している。実際、「Recovery」の予備試験では効果があったという。さらに、別のIL-6受容体モノクローナル抗体Sarilumabに関して、「Remap-Cap」(米国、英国など19カ国よりなる共同プロジェクト)で進行期のCOVID-19の改善効果が認められた。

❹ これまで、効果がないと評価された治療薬は?

  • 抗マラリア薬であるHydroxychloroquineはトランプ前大統領がその有効性について言及したことで注目を浴びたが、その後、WHOによる「Solidarity」のtrialで否定された。
  • Remdesivirはヨーロッパ共同体・米国において承認された最初のCOVID-19治療薬であるが、その後、2020年末に「Solidarity」の研究者によって効果のないことが示された。
  • 痛風の治療によく用いられる抗炎症剤のコルヒチンは2020年の「Recovery」の予備試験では効果が認められなかった。

❺ 今後の見込み

  • ワクチン接種にかかわらず次の冬期にはCOVID-19感染が流行する可能性があり、予防作用のある治療薬が必要である。
  • 最近、英国政府はCOVID-19感染症に対する対策本部を設置した。今年の秋までに、複数の治療薬の開発に成功することが望まれる。

まとめ;

現在のところ進行期、重症患者に対する一部の抗体医薬やステロイドを除いて、COVID-19感染症に対する治療薬はありません。今後、軽~中等度の患者に対しても有効な予防薬・治療薬の開発が期待されます。


文献1.
Therapeutics and COVID-19: living guideline, by WHO, 31 March 2021
文献2.
Where are we with drug treatments for covid-19? By Chris Baraniuk BMJ 2021; 373 (Published 07 May 2021)