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2022/7/26

認知症は新型コロナウイルス感染症を重篤にする!

文責:橋本 款

最近、オミクロン新規変異株の感染拡大が続き、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者数が激増しています。オミクロン株感染は軽症で済むことが多いと言われますが、慢性閉塞性肺疾患やメタボリック症候群などの基礎疾患のある人や免疫力の低下している人、特に高齢者においては、重症化率や死亡率が高くなる可能性を考慮する必要があります。そこで、今回は、国家レベル(韓国)のコホート研究において、アルツハイマー型認知症(AD)がCOVID-19の重症化を促進したことを報告した論文(文献1)を紹介致します。以前に、COVID-19が後遺症の一つとして認知症が重要である事を述べましたが(”COVID-19治癒後の認知後遺症;脳の霧” 2022/3/1)、今回の論文と合わせると、ADとCOVID-19は相互に促進する関係(図1)にありそうです。


文献1.
Chung SJ et al., Association of Alzheimer's Disease with COVID-19 Susceptibility and Severe Complications: A Nationwide Cohort Study. J Alzheimers Dis 2022;87(2):701-710.


【背景・目的】

COVID-19パンデミックに直面した現在において、COVID-19に感受性が高く、重症化する可能性の高い患者を同定することは臨床的に重要である。したがって、本コホート研究は、AD患者がCOVID-19に罹患しやすいかどうか、さらに重症化する可能性があるかどうか解析することを目的とした。

【方法】

2020年1月1日〜2020年6月4日の韓国の国家レベルで施行されたCOVID-19のリアルタイムPCR*1検査のデータセットを用いて、傾向スコア・マッチング*2を行い、ADがCOVID-19の感染を亢進する可能性、さらに、COVID-19の重症化(e.g. 気管挿管、ICUへの入院、死亡)を促進する可能性を検討した。

【結果】

  • 195,643の登録者のうち、5,725人はADで、7,334人はCOVID-19と診断されていた。また、COVID-19陽性の結果はADの有無に依存しなかった(p = 0.234)。
  • その一方で、COVID-19の重症化は、AD患者は非AD患者に比べて有意に上昇したことがわかった(オッズ比 [OR]: 2.25 [95%信頼区間(CI):1.54-3.28])。
  • 副次アウトカム*3の結果から、AD患者では、死亡率が有意に上昇したが(OR: 3.09 [95%CI:1.54-3.28])、気管挿管率の増加は見られなかった(OR: 0.42 [95%CI:0.20-0.87])

【結論】

ADがあることによりCOVID-19に罹患しやすくすることは無かったが、ADはCOVID-19の重症化、特に致死率の増加に関与していた。したがって、AD患者がCOVID-19に感染したと疑われた場合は、早期診断・早期治療が必要であると思われた。

用語の解説

*1. リアルタイムPCR(Real-time PCR)
Real-time PCRはPCRによるDNA複製過程をリアルタイムに測定する手法であり、定量的PCRなどと呼ばれることもある。一方、RT-PCR(Reverse transcription PCR)はRNAに対してPCRを実施する手法であり、逆転写PCRとも呼ばれる。尚、この期間は、デルタ株よりさらに以前の変異株であるアルファ株、ベータ株などが優勢と思われる。
*2. 傾向スコア・マッチング(Propensity score matching)
傾向スコア(Propensity Score)は、無作為割付が難しく様々な交絡が生じやすい観察研究において、共変量を調整して因果効果を推定するために用いられるバランス調整の統計手法。この論文の場合、年齢や性別、収入、既往歴(高血圧、糖尿病、心血管障害、心不全など)などを調整する。
*3. 副次アウトカム
アウトカムは主要アウトカムと副次アウトカムを設定することが多く、試験の目的に最も直接的に関係する指標を主要アウトカム、主要アウトカムを支持する補足的な内容や、主要アウトカムとは別視点から試験目的の有効性を検討する項目などを副次アウトカムに設定する。

今回の論文のポイント

  • この論文の結果より、ADがCOVID-19の感染性を増加し、呼吸機能を悪化させることはないが(気管挿管率は上昇しない)、ADはCOVID-19の重症化の原因になる(死亡率を上げる)と考えられます。
  • COVID-19の重症化は、高齢、認知症だけでなく、慢性閉塞性肺疾患、高血圧、糖尿病、肥満などの基礎疾患のある人において発症しやすいことが経験されてきました。他方で、ADはこれらの疾患とよく合併することが示されてきました。これらのことから、多くの老年期慢性疾患によるCOVID-19の重症化のメカニズムは重複している部分が多いと推測されます。
  • 以前(2021/10/26)にミクログリアの炎症を制御するOAS1合成酵素(Oligoadenylate synthetase 1)遺伝子のSNPが弧発性ADとCOVID-19の重症化にリンクすることを示した論文を報告致しましたが、今回の論文についても分子マーカーやメカニズムに関係するデータを知りたいところです。

文献1
Chung SJ et al., Association of Alzheimer's Disease with COVID-19 Susceptibility and Severe Complications: A Nationwide Cohort Study. J Alzheimers Dis 2022;87(2):701-710.