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2022/8/2

コロナ禍における神経性食欲不振症の増加について

文責:橋本 款

神経性食欲不振症(anorexia nervosa ; AN)は、拒食症などの名でも知られ、多くは若年層の女性に発症する極度の栄養摂取拒否とそれによる病的な痩せを主徴とする神経性の摂食障害です。ANは心理的要因(ストレス)によるところが多く、抑うつを伴い、身体的疾患を合併することもあります。以前に、COVID-19に罹患した患者さんは、不安障害、うつ病性障害などを含む様々な精神疾患のリスクが高くなることを報告しましたが(新型コロナウイルス感染症と精神疾患の相互促進作用;2022/3/8)、ANなどの摂食障害も例外ではなく(図1)、このことを理解して適切な対応をすることが重要です。 そこで、今回は、ヨーロッパ諸国において、COVID-19パンデミック中にANの重症度が増して入院数が増加したことを報告した論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Gilsbach S et al., Increase in admission rates and symptom severity of childhood and adolescent anorexia nervosa in Europe during the COVID-19 pandemic: data from specialized eating disorder units in different European countries, Child and Adolescent Psychiatry and Mental Health volume 16, Article number: 46 (2022)


【背景・目的】

COVID-19パンデミックの中、自宅への監禁、社会から隔離を余儀なくされた子供たちや若者は、精神的に大きな影響を受ける。これに関連してANによる入院数が増加したことが世界中から報告されているが、必ずしも明らかでない。したがって、本研究は、COVID-19パンデミック中のヨーロッパにおけるANの重症度・入院数の変化を解析することを目的とした。

【方法】

  • ヨーロッパ諸国(フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、スウェーデン、オランダ)の総合病院の摂食障害ユニットに所属する臨床のドクターに、2019年〜2020年における思春期ANによる入院患者数、総患者数(入院患者、及び、外来患者)を報告してもらった。
  • さらに、児童・思春期専門の精神科ドクターに‘コロナ感染症の隔離による摂食スケール’(COVID Isolation Eating Scale; CIES)*1の修正版を用いてCOVID-19の期間、ANの症状が重篤化したお可能性を評価してもらった。
  • 医療福祉専門の人々に対しては、ANの重篤化に寄与した因子に関して気付いたことはないか問い合わせた。

【結果】

  • 6つの総合病院のうち、4つの病院はパンデミック中に、ANの総患者数が増加したことを報告した。また、そのうち3つは、入院患者数の増加を述べた。2つのセンター病院で入院-、外来患者ともにいずれの年もコンスタントに患者数は多かったと回答した。
  • 臨床のドクターは、2019年に比べて、2020年の方が入院-、外来患者ともにANの症状が重篤化し、特に、長時間のインターネットの使用、運動の持続、食事の制限が伴っていたことに気付いた。
  • 彼ら(臨床ドクター)は、インターネットに費やす時間の浪費、制御出来ない感覚、ウェイト・コントロールに対するface to faceによる評価*2の欠如がANの増加や重篤化に寄与している可能性を考えた

【結論】

COVID-19は、ANの重篤化に深い衝撃を与え、ヨーロッパ中の病院でANによる入院数が大きく増加することになった。これには、パンデミックによるソーシャルメディアへの時間の浪費、face to face治療の欠如などの関与が原因として考えられた。

用語の解説

*1. ‘コロナ感染症の隔離による摂食スケール’(COVID Isolation Eating Scale; CIES)
CIESはもともとCOVID-19の期間における大人・思春期の摂食障害の患者に対する質問票による心理測定で国際的に用いられている。
*2. Face to faceによる評価
ANの治療として、ドクターやカウンセラー、看護師、介護士が直接、患者と向き合った方が、オンラインによる治療よりも治療効果が高い結果を得たと言う報告が多い。

今回の論文のポイント

  • コロナ禍における神経性食欲不振症の増加はこの論文を始め、世界中で確認されており、十分に認識して適切に対応する必要があります。
  • 現在のANの治療はカウンセリングや入院による栄養状態の改善が中心ですが、病態に応じた分子マーカーや脳の画像診断の開発が望まれます。実際、ANの脳の一部に器質的な変化が観察されたという最近の報告は注目されます(https://doi.org/10.1016/j.biopsych.2022.04.022)。

文献1
Gilsbach S et al., Increase in admission rates and symptom severity of childhood and adolescent anorexia nervosa in Europe during the COVID-19 pandemic: data from specialized eating disorder units in different European countries, Child and Adolescent Psychiatry and Mental Health volume 16, Article number: 46 (2022)